飛族…村田喜代子著 文芸春秋

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飛族

『飛族』

著者
村田 喜代子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163909899
発売日
2019/03/14
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

飛族…村田喜代子著 文芸春秋

[レビュアー] 本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

 養生島には3人の女年寄りが住んでいた。最年長の南風原(はえばる)ナオさんが97歳で亡くなって、あとには92歳の鰺坂(あじさか)イオさんと88歳の金谷(かなや)ソメ子さんが残された。イオさんの娘のウミ子は、母親を本土の自分の家に連れていくために、海域で一番大きい波多江島から出る週に一度きりの定期船に乗って島にやってきた。ウミ子は高校に進学するために島を離れ、大分県に嫁いで、山暮らしが長い。すでに夫は亡く、イオさんを迎えるのに何の気兼ねもいらない。

 養生島を含む島嶼(とうしょ)群は、豊かな漁業資源に恵まれている。ウミ子が子供のころには、どの島にも漁師や海女が溢(あふ)れ、活気に満ちていた。だが若い人々は本土に移り、今ではわずかな年寄りだけが住む島や、全くの無人島が多くなっている。住人の少ない離島に電気やガスを確保し、定期船を走らせるには多大の経費がかかるが、島が無人になれば、他国からの密航者や密漁船に脅かされる恐れが増す。大海原のなかの国境を守るために、波多江島の役場はさまざまな対策を講じている。

 肉親や役場の心配をよそに、老女たちは魚を釣り、小さな畑を耕して達者に暮らしている。死者を弔うために海鳥を描いた幟(のぼり)を揚げ、古くから伝えられた不思議な経文を唱える。

 これは境界の物語だ。陸と海、海と空、天と地、この世とあの世、そして国境。舞台となる島々は、古代には日本の西の果て、遣唐使が東シナ海に乗り出す前の最後の寄港地だった。海で死んだ人の魂は海鳥に姿を変えて、無尽蔵の自由に遊び、遺(のこ)された者と交信する。

 この物語は危険だ。油断するとあちらの世界にもっていかれそうだ。修業を積んでいなければ、あっというまに失速してしまうのに。

 ウミ子は当分のあいだ島にいようと思っている。老女たちは崖の上の畑で鳥踊りの練習をする。境界は次第に溶けて曖昧になる。時がきたら彼女らは楽々とそれを超えていくだろう。

読売新聞
2019年3月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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