【ニューエンタメ書評】簑輪諒『千里の向こう』今村翔吾『てらこや青義堂 師匠、走る』ほか

レビュー

8
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  • 千里の向こう
  • 奇説無惨絵条々
  • てらこや青義堂 師匠、走る
  • 跡取り娘 小間もの丸藤看板姉妹
  • 炯眼に候

書籍情報:版元ドットコム

エンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

春爛漫の好季節となりました。新学期・新年度の新生活の始まりを、新しい本とともに迎えてみませんか?

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 簑輪諒『千里の向こう』(文藝春秋)は、戦国もので注目を集めている著者の初の幕末もの。土佐藩出身ながら、坂本龍馬と比べると影が薄い中岡慎太郎を主人公にしている。

 著者は、豪商の分家に生まれた龍馬は、相手の懐に入り説得する明るさと時代の波を読む商人的な感覚を身につけていたが、大庄屋を継ぐ立場だった慎太郎は、新しい作物の栽培を何年もかけて計画する地に足をつけた人物だったとする。

 所属する土佐勤王党が弾圧を受けた後、長州藩に身を寄せ、禁門の変、下関戦争を戦った慎太郎は、西洋から最新技術を学び、その後に攘夷を考える現実路線に舵を切った。そして長州の代理人として薩摩と交渉した経験が、薩長同盟に結実する。著者は、実務派の慎太郎とトリックスター的な龍馬の二人がいたからこそ、幕末維新史が動いたとしている。

 派手さも強い指導力もないが、堅実さと夢を諦めない粘り強さで歴史を動かした慎太郎の活躍は、小さな個人でも社会を動かす力になることを教えてくれるのである。

 無惨絵で一世を風靡した幾次郎(落合芳幾)を狂言回しにした谷津矢車『奇説無惨絵条々』(文藝春秋)は、『おもちゃ絵芳藤』の姉妹編的な作品だが、著者が得意としている絵師ものではない。自分を売った父親に復讐するため、島抜けした女を描く犯罪小説、松江藩松平家第六代藩主の宗衍が、隠居後、女の背中に刺青をするなど放蕩の限りを尽くしたとの巷説を題材にしたエログロ色の強い一編、白子屋お熊が愛人と共謀し養子の夫を殺そうとした実話の裏側に迫るミステリなど、バラエティ豊かな五つの短編が収められているのだ。

 物語は、河竹黙阿弥に台本を依頼することになった幾次郎が、ネタを探すため戯作を読む枠構造になっている。明治の演劇改良運動により、歌舞伎も正確な時代考証と史実の忠実な物語化を求められるようになった。こうした風潮に息苦しさを感じている幾次郎は、荒唐無稽なところもある戯作を読むうち、物語に正確な考証が必要かを考えるようになる。

 直木三十五、吉川英治らの時代考証を批判した三田村鳶魚の昔から、歴史時代小説は考証が間違っている=読むに値しないとの批判を受けてきた。現在も続く考証偏重に疑義を呈した本書は、優れた歴史時代小説論としても評価できる。

『童の神』が直木賞候補になり注目を集めた今村翔吾『てらこや青義堂 師匠、走る』(小学館)は、寺子屋を舞台にした学園ものと忍者小説を融合させた異色作である。

 凄腕の公儀隠密だった坂入十蔵は、ある事件を契機に隠密を辞め、江戸日本橋の寺子屋・青義堂の師匠になった。どんな筆子(生徒)も受け入れる青義堂には、貧しい御家人の子ながら剣は一流で、それが武家社会で軋轢を生んでいる鉄之助、商人の父と折り合いが悪く浪費癖がある吉太郎、将来の夢が大工の棟梁の父が望むものではないと悩む源也、女というだけで学問も将来も限定されている現実に不満を持つ加賀藩士の娘・千織など、問題を抱える子も少なくなかった。

 十蔵は、鉄之助たちが直面している問題を、隠密時代に磨いた技を使いながら解決していく。貧困、家族、将来への不安といった筆子の悩みは、現代も変わっていないので、今の大人は十蔵ほど真剣に子供たちと向き合っているのかを問われているような気がした。ところが中盤以降は、十蔵がかつて戦った隠密たちが巨大な陰謀をめぐらせ、鉄之助たちもそれに巻き込まれていく。十蔵と筆子たちが、それぞれの得意技を活かして強大な敵に戦いを挑む終盤の怒濤のアクションは、筆子を想う師匠と、師匠を慕う筆子の気持ちが一体となっていくところも感慨深く、爽やかな感動を与えてくれる。

 宮本紀子『跡とり娘 小間もの丸藤看板姉妹』(ハルキ文庫)も、ハートウォーミングな物語である。

 日本橋の小間物商「丸藤」の長女・里久は、幼い頃は病弱で品川に嫁いだ叔母の家で療養していた。そこで健康になった里久は、十七歳で実家に戻ってきた。だが漁師町での暮らしが長く、時に乱暴な言葉を使う里久は、家事は女中に任せ、商家の娘に必要な習い事をする生活に馴染めず、美しくてお洒落が好きな妹・桃との距離感も掴めないでいた。父の藤兵衛は、そんな里久に店で働くことを勧める。

 店に入った里久は、停滞気味だった「丸藤」に新風を送り込みながら、悩みがある人がいれば解決するため奔走し、美的センスに優れた桃のアドバイスを聞き姉妹の絆を深めていくという、市井もののあらゆるエッセンスがちりばめられている。だが本書の最大の魅力は、底抜けに明るく前向きな里久のバイタリティだ。いつも周囲の人たちを励まし、勇気を与えている里久には、読者も癒されるのではないだろうか。

 織田信長を合理主義者とする歴史小説は多い。木下昌輝『炯眼に候』(文藝春秋)は、常にロジカルに思考する信長を探偵役にし、その後半生を連作形式で辿っている。

 信長が村上水軍に対抗するため建造させた鉄甲船は、史料によって大きさが異なる。その理由も含め、謎めいた鉄甲船の実像に迫る「鉄船」。明智光秀が武田騎馬隊を殲滅するため鉄砲の三段撃ちを考案するも信長は却下、実戦で驚くべき方法で鉄砲を使う「鉄砲」。本能寺から信長の首が見つからなかった理由を、黒人の家臣・弥助の視点で描く「首級」など、収録の七編はいずれも魅惑的な謎が設定されている。特に、杉谷善住坊に信長の狙撃を命じた黒幕の正体と意表をつく動機が鮮やかな「弾丸」、神仏を信じない信長が、なぜか吉凶を占う軍師を雇い、それ以降、信長には天候が味方するようになった理由を解き明かす展開が、『信長公記』の成立秘話に発展する「軍師」は出色である。各編は、処刑された善住坊の子孫が生きているのはなぜか、長篠の合戦で本当に鉄砲三段撃ちは使われたのか、といった謎にも合理的な解釈を与えていくので、歴史ミステリとしても面白く、歴史小説ファンも、ミステリ好きも満足できる。

 荒山徹『神を統べる者 厩戸御子倭国追放篇』(中央公論新社)は、古代史最大のヒーロー厩戸御子(聖徳太子)を主人公にした全三部からなる大作の第一部である。

 幼い頃から異形のモノに襲われていた厩戸は、身を守るために仏教を学び、七歳にして仏典に精通していた。崇仏派は厩戸を仏教を広める切り札と考えていたが、厩戸の深い知識は仏教への攻撃にも使えると看破した廃仏派も、厩戸を取り込もうとしていた。その渦中、厩戸の父帝が神託に従い厩戸の排除を決める。厩戸は従者の蜷養と田葛丸、厩戸と同じ霊力を持つ布都姫を守る女剣士・柚蔓に守られながら九州を目指し逃走するが、異能を持つ暗殺者の集団がその後を追う。

 著者は、巨大な仏像が動いたり、巨大な蛾が空を飛んだりと特撮ネタを使った活劇を得意としていた。ただ近年はリアルな伝奇小説が増えていたが、本書は、暗殺者の秘術で復活した死者(ゾンビ)と厩戸一行の戦いがクライマックスになっており、初期のテイストが復活している。記紀神話を使って、ゾンビ襲来に説得力をもたせたのも著者らしい。

 神道と仏教の対立が血で血を洗う抗争に発展する展開は、宗教がテロや戦争を引き起こしている現代と重なる。伝奇ロマンの中に普遍的なテーマを織り込んだシリーズは、中国を経てインドに渡り仏道修行を始めた厩戸が、道教も巻き込み激化した宗教的紛争に直面する第二部「覚醒ニルヴァーナ篇」も刊行されている。壮大なスケールの物語が、どのように着地するのか。第三部の刊行を楽しみに待ちたい。

 伊東潤『真実の航跡』(集英社)は、重巡洋艦の艦長と司令官が捕虜を殺害したBC級戦犯として起訴されたビハール号事件の裁判をモデルにしたリーガル・サスペンスである。

 第十六戦隊所属の久慈の艦長・乾は、商船拿捕の任務中に英国商船を撃沈し捕虜を救出した。艦隊司令官の五十嵐は、船を沈め荷物になる捕虜を連れ帰った乾を叱責。既に久慈が所属替えになっていたため、捕虜を乗せて出港するよう促す。だが考えを改めた五十嵐は捕虜の上陸を許可するも、久慈は出港した後で、その航海中に捕虜殺害が起きてしまう。

 五十嵐の弁護士・鮫島は、裁判の準備を進めるうち、事件が忖度によって起き、それにより責任の所在も曖昧になっていると気付く。これは現在も日本の組織が抱える最大の問題なので、本書は一種の日本論としても秀逸である。

 日本の戦犯裁判には、国際法上の根拠がない、戦勝国の報復なので結果を受け入れる必要はないとの批判がある。鮫島も戦犯裁判に疑問を持っているが、五十嵐の裁判を闘ううち、戦争を仕掛け敗れた国の人間として十字架を背負い、その上で新たな国際関係を築かなければ日本の未来はないと考えるようになる。法律家として感情に流されず、ロジカルに戦後日本のあり方を模索する五十嵐の思索には、戦争問題で悪化している近隣諸国との関係をどのように改善すればいいのか、そのヒントも隠されている。

 横山秀夫『ノースライト』(新潮社)は、『64』以来六年ぶりの長編小説で、一級建築士を主人公にしている。

 バブル崩壊で仕事をなくし、大学の同期で設計事務所を営む岡嶋に救われた青瀬は、吉野から自分が建てたい家を作って欲しいとの依頼を受け、北側の光を重視した渾身の作「Y邸」を完成させた。「Y邸」は話題となり、同じ家を建てて欲しいとの依頼も増えるが、吉野一家が姿を消した。岡嶋と「Y邸」を訪ねた青瀬は、生活感のない家の中で、ドイツ人建築家のタウトがデザインしたと思われる椅子を発見。青瀬はタウトを手掛かりに吉野一家の行方を追う。

 本書は、バブル崩壊で挫折した男の再生の物語であり、ダム建設の型枠職人だった父と全国を放浪した経験により建築家となり、今は妻と離婚し娘とは面会日に会う生活を送る青瀬と家族の物語であり、タウトを軸に日本の建築史を描く芸術小説の側面も持ち合わせている。これらを伏線にして紡がれるどんでん返しは、現代人が忘れかけている大切なことを思い出させてくれることもあり、心にしみる。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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