宇佐美まことインタビュー 「ホラーでもミステリーでも、人間への興味が私に作品を書かせるんです」

インタビュー

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いきぢごく

『いきぢごく』

著者
宇佐美まこと [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413343
発売日
2019/03/13
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

宇佐美まことインタビュー ホラーでもミステリーでも、人間への興味が私に作品を書かせるんです

[文] 内藤孝宏(フリー編集者&ライター)

宇佐美まこと
宇佐美まこと

人間の業をこれでもかと描き切った『愚者の毒』を継承する、女の情念と怨念のサスペンスフルな物語、『いきぢごく』の魅力に迫る。

 ***

───これまで、日常を超えた怪異を題材にしたホラー作品を得意としてきた宇佐美さんですが、日本推理作家協会賞を受賞した『愚者の毒』以来、不思議な出来事の起こらない、リアルな世界を舞台にした作品を描かれています。何か心境の変化があったのでしょうか?

宇佐美まこと(以下、宇佐美) 実は、私のなかではそれほどの変化はないんです。
 そもそもなぜ私が怪異を描いてきたかというと、恐怖を感じたときの人間のありように興味があったから。日常では起こるはずのない怪異を前にしたとき、人は百人百様の反応を示します。ある人は自分が怖がっているのを認めたくなくて虚勢を張ってみたり、そうかと思えば恐怖から逃げようとして取り乱してみたり……。そこには隠しようのない人間の姿がありますよね。私はそんな人間の姿に興味を感じて、作品を書いてきました。
 怪異の出てこない作品でも、その姿勢は同じ。ミステリーの場合は犯罪がその題材となりますが、犯罪に至る人間のありように私は興味があるんです。

───人間を描くという点で、ホラーもミステリーも変わりはないというわけですね?

宇佐美 もちろんです。そして今回の『いきぢごく』も例外ではありません。
 ですから、ホラー作家からミステリー作家に鞍替えしたというわけではないのでご安心ください(笑)。

───『いきぢごく』は、宇佐美さんが地元の愛媛県松山を舞台にした作品です。故郷を舞台に選んだ、その思いを教えてください。

宇佐美 お遍路さんは、四国に住まう者として一度は向かい合いたいテーマでした。私の母の実家が遍路宿を営んでいたこともあって、子どものころによく訪ねていたんです。四国八十八か所の札所をまわるお遍路さんたちの姿を、体験者の目ではなく、迎える立場の目から見てきたわけです。

───作中に「金亀屋」という遍路宿が出てきますが、宇佐美さんのお母さんの実家がモデルなんですか?

宇佐美 そうです、そうです。遍路道に面した廊下があって、作品の中で「雨戸を全部取っ払ったら、家が外向きに開ける感じの」と書いたままの遍路宿でした。

───子どものころの宇佐美さんにとって、白装束のお遍路さんの姿はどのように見えましたか?

宇佐美 白装束は、死者に着せる衣装ですけど、すべての札所を徒歩でまわる歩き遍路は難行で、それだけに途中で力尽きて死んでもいいという覚悟のあらわれでもあるんです。そんなお遍路さんが列をなして参道を歩いている姿を見ていると、異世界からやってきた人たちが私たちの日常を横切っていくような、不思議な感覚でした。子ども心に怖さは感じるんだけど、目が離せなかった。

───作品には、そんな四国に昔から伝わる「お接待」という風習が描かれますが、どんな風習なのか、説明していただけませんか?

宇佐美 札所や遍路道沿いに住む人たちが、お遍路さんに無償で金品や宿を提供する風習なんですけど、単なる施しではないんです。お遍路さんを接待することで、自分も四国八十八か所をまわるのと同じ功徳が得られるという、独特の考えが四国にはあるんですね。今回、執筆にあたって遍路関係の資料をいろいろと読みましたけど、ある資料にはこの風習が今も残っているのは全国でも四国だけだと書いてありました。

───『いきぢごく』は、鞠子という四十二歳の都会に住む女性の目を通して描かれていますが、そのような主人公を設定した理由は何でしょう?

宇佐美 二〇一八年に上梓した『骨を弔う』(小学館)も四十代の女性が主人公の一人でしたけど、私がこの年代の女性に関心があるのは、その年齢が人生のターニングポイントになることが多いからです。
 鞠子のように未婚の女性なら、結婚するか、しないのかという決断を迫られますし、結婚している女性なら、子を産むのか、産まないのかという選択になります。いずれにせよ、それまでの人生を見つめ直して、後悔することのないような道を選ばねばなりません。その揺れる心を描くことで、興味深い物語が浮かびあがってくるのではないかと考えました。

───主人公の鞠子は、友人と創業した旅行代理店を成功させ、人並み以上の収入を得ているだけでなく、若い恋人もいるキャリアウーマンですが、その心は大きく揺れている様が印象的に描かれていますね?

宇佐美 そうですね。鞠子は結婚して妻になることも、子を産んで母になることも選ばず、一人の女であり続けるという選択をしたわけですが、四十二歳になって若いとき以上にそのことを強く意識するわけです。

───物語は、そんな鞠子のエピソードに加え、昭和十五年にたった一人で四国を巡礼したリヨという女性のエピソードが交互に語られていきます。巧みな構成ですね。

宇佐美 リヨの手記を読み進めていく鞠子は、やがて彼女が恐ろしい犯罪に手を染めた後に巡礼の旅に出たということを知ることになります。そのとき、鞠子がリヨのことを愚かしいと思うのではなく、次第に共感していくところがこの物語の重要なポイントです。
 今と昔の時空を超えて、逃げ場のない女同士の心がつながるのです。それは、女の弱さであると同時に強さでもあると鞠子は気づくのですね。

───女性の読者の多くも、そんな鞠子の心情に共感するのではないでしょうか。でも、男性読者の中には、ホラー小説を読むときのような恐怖を感じる人がいるかもしれません。

宇佐美 (笑)。そんな風にこの物語を読むのも、またおもしろいと思いますよ。
 もうひとつ、私がこの作品で描きたかったのは、四国という土地とお遍路という文化の奥深さです。札所から札所に至る道は一本の線に過ぎませんが、四国は島ですから、巡礼の道は最後に出発した場所に戻ってくるんです。つまり、終わりのない道をいつまでも歩くことができるわけです。まるで人生そのもののように。
 そもそも巡礼は擬死再生といって、険しい自然をまわることによっていったん死んで、生まれ変わる再生のための儀礼でもあります。私はこの物語を描くことによって、四国がそのような場所として昔から多くの人を救ってきた歴史を改めて知ることができました。

───『いきぢごく』もお遍路のように、何回も読み直すことで新しい発見がある作品なのかもしれませんね。

宇佐美 そうだとうれしいですね。物語の最後には、登場人物たちの再生が描かれていますが、彼女たちがその後、どうなったんだろうと、あれこれ想像してみるのもおもしろいと思いますよ。

聞き手=内藤孝宏(フリー編集者&ライター)

角川春樹事務所 ランティエ
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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