学生運動のその後を描く、四方田犬彦初の長編小説

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

すべての鳥を放つ

『すべての鳥を放つ』

著者
四方田 犬彦 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103671107
発売日
2019/01/31
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

学生運動のその後を描く著者初の長編小説

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 著者には『ハイスクール1968』という自伝的書物があるが、こちらは小説。舞台も大学以降に移っている。ただし、どちらも学生運動を重要な背景として持っている。

 学生運動を斜めに見る小説は少なくないが、本作はむしろ登場人物のその後の人生に焦点を当てる。主人公は大学入学早々、セクト間の争いに巻き込まれ、暴力の犠牲となる。有名な活動家と人違いされたのだが、主人公は、おそらくもともと興味のなかった政治や学生運動にさらに距離を感じる。自分に瓜二つの者とは誰か、その男のせいで再び襲われるのではないかという、双子の呪いとでもいうべきものに怯えつつ、主人公は、ひたすら文学藝術にかまける仲間たちの輪に居場所を見つける。そのスノビズムに多少辟易しつつも。彼らはやがて「ニューアカ」と呼ばれる知的一群に座を占めることになるだろう。

 その輪の中で忘れ難い女性とも出会う。奔放で、こちらを翻弄しておいて自分は一人大学を辞め、表現者たることを目指して外国へ渡る。彼女の喪失が決定的になったあたりから、視点人物である主人公の正気は怪しくなり、舞台は突然十五年ほど後のマダガスカルに飛ぶ。

 半ば世捨て人のようにして自由に生きる場所を見つけた主人公は、ここでようやく双子の呪いを解かれる。繰り返し現れる双子、鳥などのモチーフと、自分自身と出会うことの意味。文末表現と視点人物の変化はこうした謎を解く鍵になるだろう。

 当時の学生運動の雰囲気を肌で感じられる小説だが、それよりも、運動に巻き込まれた者たちを未だに縛りつづけているものと、それからの解放を描いた稀有な作品だと言える。主人公の解放は、長らく島に潜みようやく終戦を知った復員兵のそれであるかのようだ。学生時代のトラウマはかくも長い影響を人に及ぼすのかと、1968年生まれにして学生運動を知らない評者も身につまされた。

新潮社 週刊新潮
2019年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク