作詞家・五木寛之60周年記念ミュージックBOXのブックレットが素晴らしい

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人気作家が併せ持つ“もう一つの顔”「歌づくり60周年」ブックレットの魅力

[レビュアー] 都築響一(編集者)


『歌いながら歩いてきた』
監修:五木寛之
日本コロムビア

「ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて」という歌詞に背中を押されて、50年前にどれほどの青年が荒野をめざしただろう。めざしたいと焦がれ、こころ折れたろう。五木寛之はこの半世紀でもっとも愛された、最良の意味での大衆小説家のひとりだと思うけれど、同時にたくさんの歌を僕らに残してきたひとでもあった。「これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛」の『愛の水中花』も、田川寿美が着物でエレキギターをかき鳴らした『女人高野』もそう。小説家・五木寛之になる前に「のぶ ひろし」名義で多くのコマーシャルソングを書いていたのも、多産な活動の一側面である。

「歌づくり60周年」を記念して発売された『歌いながら歩いてきた』は全76曲を収めたCD4枚に、テレビ番組『遠くへ行きたい』出演回2本のDVD、2冊のブックレットをあわせた「初のミュージックBOX」。書評で取り上げたのはこのブックレットを読んでもらいたかったからで、楽曲解説や歌詞集で1冊、もう1冊がエッセイや対談を収めた236ページのコレクション。美空ひばり、都はるみ、武満徹との対談、ミック・ジャガーやキース・リチャーズとの対談回想録など超充実で、これだけでも売ってほしい!と願うファンが多いはずだ。

 五木寛之が関わってきた60年間は「歌謡曲」というものがひとびとの生活とともにあった幸福な時代であり、それが失われてしまったいま、こうしたかたちにまとめられたのも、ひとつのこころの区切りのようであるし、歌の世界への五木さんなりの墓碑銘のようでもある。

 それにしても五木寛之とは、持続のひとだとつくづく思う。日刊ゲンダイでいまだ連載中の「流されゆく日々」はすでに1万回を超えてギネス記録更新中だし、TBSラジオの「五木寛之の夜」も25年の長寿番組だった。書き続けることこそが力であると、彼ほど身をもって教えてくれるひとはいない。

新潮社 週刊新潮
2019年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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