詰将棋を思わせる“倒叙ミステリ”名作3冊

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  • 倒叙の四季 破られた完全犯罪
  • 福家警部補の挨拶
  • 容疑者Xの献身

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詰将棋を思わせる“倒叙ミステリ”の秀作短編集

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 詰将棋に挑むような気分になる小説だ。

 深水黎一郎『倒叙の四季 破られた完全犯罪』は、倒叙形式のミステリを四編収めた連作短編集である。倒叙とは最初に犯人視点の物語を描き、後から探偵役による犯行の解明を描くパターンのミステリを指す。罪を犯した側が追い詰められるスリルと、罪を暴く側による鋭い推理を一緒に味わえるのが倒叙ミステリの特長である。

 本書がユニークなのは、四編全ての犯人が〈完全犯罪完全指南〉というネット上の裏ファイルを駆使していることだ。独自捜査・違法捜査のやり過ぎで懲戒免職処分になった元敏腕刑事が書いたという触れ込みのファイルで、そこには人を殺しても捕まらない方法が手取り足取り書かれている。ウェブ上でマニュアル化された犯罪、という同時代的な要素を取り入れることで、本書は倒叙の可能性を広げているのである。

 その犯罪に対抗する探偵役が警視庁捜査一課の海埜(うんの)刑事だ。決定的証拠にこだわり抜き、真綿で首を絞めるように犯人を追い込むプロセスには静かな迫力がある。最後の一頁まで余詰を排する推理の妙技に震えるはずだ。

 刑事コロンボ、古畑任三郎など倒叙ミステリでは探偵役の個性に心を奪われることが多い。国内小説では『福家警部補の挨拶』(創元推理文庫)をはじめとする大倉崇裕の〈福家警部補〉シリーズが挙げられるだろう。小柄で童顔、いつも地味なスーツの刑事が鋭利な推理を披露する。刑事コロンボへの限りないリスペクトにして、コロンボ以上に捉えどころのないキャラクター像が癖になるのだ。

 倒叙形式を用いて、様々な変化球のミステリを試みている作家に東野圭吾がいる。映画化もされた『容疑者Xの献身』(文春文庫)はその代表作の一つだ。孤独な天才数学者が企てた計画に、“ガリレオ”こと天才物理学者の湯川学が挑む。本作は天才同士の対決を描いた知恵比べの物語であると同時に、大胆極まりないトリックを巧みに取り込んだ、本格謎解きの醍醐味を味わえる小説なのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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