【文庫双六】太宰の“本歌取り”森見登美彦の新釈――梯久美子

レビュー

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太宰の“本歌取り”森見登美彦の新釈

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 太宰ファンの私にとって、「新釈」とくれば、井原西鶴の著作から材を取った短編集『新釈諸国噺』だ。

〈わたくしのさいかく、とでも振仮名を附けたい気持で、新釈諸国噺という題にしたのであるが、これは西鶴の現代訳というようなものでは決してない〉と冒頭にある通り、登場人物もいかにも太宰流。出家遁世した男が〈私には坊主頭が少しも似合わず、かねがね私の最も軽蔑していた横丁の藪医者の珍斎にそっくりで、しかも私の頭のあちこちに小さい禿があるのを、その時はじめて発見仕(つかまつ)り、うんざりして、実は既にその時から少し後悔していたのです〉と愚痴りまくる「吉野山」の語りなど、まさに太宰の真骨頂が楽しめる。

 そもそも太宰には元ネタのある小説が多い。『お伽(とぎ)草紙』は昔話の翻案集だし、「女生徒」や「斜陽」は女性の日記をもとにしている。ドイツの作家オイレンベルクの小説(森鴎外の翻訳による)をもとにした「女の決闘」という作品もある。

 そして、誰もが知っている教科書の定番「走れメロス」。これもドイツの劇作家・シラーの「人質」の日本語訳がもとになっている。それをさらに本歌取りしたのが森見登美彦の「新釈走れメロス」だ。同名の短編集には、中島敦「山月記」、芥川龍之介「藪の中」など、全部で五編の“新釈もの”が収録されている。

「新釈走れメロス」は、約束を守らないために走る男の話。その途中、彼は、約束を守ってコトを丸く収めたいという誘惑と必死で戦う。間に合うことが友への裏切りになるという、ねじくれた論理が、妙な説得力を持って展開される。何これ!?と呆れつつ読み進むうち、愚かにして熱烈な「青春の求道者(ぐどうしゃ)」である学生たちがだんだん愛おしくなっていく。

 どの作品も舞台は京都、主人公は京大生。おなじみの森見ワールドで、文豪たちの名作が解体され、編み直され、生まれ変わる。この本を鞄に入れて、京都を歩きたくなった。

新潮社 週刊新潮
2019年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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