箱の中の天皇…赤坂真理著 河出書房新社

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箱の中の天皇

『箱の中の天皇』

著者
赤坂 真理 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309027753
発売日
2019/02/14
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

箱の中の天皇…赤坂真理著 河出書房新社

[レビュアー] 鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)

 物語は、横浜の古いホテルを舞台にしている。米国の雰囲気漂う場で、戦後の天皇のあり方がファンタスティックに描かれる。

 赤坂真理は、いつも、他者の痛みや苦しみをすくいとる。だから、彼女の作品は、小説でも評論でも、主人公の性別や立場にかかわらず、他者が乗り移ったかのようなイメージを与える。

 今回の物語もまた、その系譜に連なる。

 主人公のマリには、傾聴ボランティア相手の道子さんや、自分の母や父、さらには、天皇やマッカーサーまでもが憑依(ひょうい)しているとも見える。「わたしがもしかしたら幽霊なのかもしれない」との台詞(せりふ)や、度重なる行替えと体言止めにより、幻想的なイメージをつくりあげる。表紙に描かれている、繭にも似た、しかし、無機質な白い箱の中へと、読者を導く。

 その中にいるのは、表題作のように天皇だけではない。もうひとつの収録作「大津波のあと」には、セミホロウ構造をもつエレクトリック・ギターが描かれる。「中全部が空洞じゃない」からこそ、「声は比類ない」。作中のテントは、その暗さの中で、気配と声を感じさせる。

 この日出(い)ずる国もまた、神話や象徴といった、いくつもの箱の中にある。

 平成28年(2016年)8月の天皇陛下の「お言葉」から、私たちは、いや、私は、箱の中どころか、箱があることそのものを、忘れている。箱の存在を、見て見ないふりをしている。「私が個人として、これまでに考えて来たことを話したい」と述べられた、そのお言葉を、私という個人は、どこまで真摯(しんし)に受け止めたのだろう。

 だからといって、赤坂は、登場人物の苦痛をダイレクトには代弁しない。なぜなら、自分の言葉が、自分だけのものではない、と十分すぎるほどに自覚しているからだ。

 天皇だけではなく、国中があたかも箱の中にいるかのような改元までの1か月弱のあいだ、この本を読まなければならない。

読売新聞
2019年3月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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