アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した…ジェームズ・ブラッドワース著 光文社

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アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』

著者
ジェームズ・ブラッドワース [著]/濱野大道 [訳]
出版社
光文社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784334962272
発売日
2019/03/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した…ジェームズ・ブラッドワース著 光文社

[レビュアー] 坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

Hired: Six Months Undercover in Low…Wage Britain

 『女工哀史』や『自動車絶望工場』の系譜に連なる、低賃金労働のルポルタージュである。ただし舞台は英国で、時代は現代。勤務するのは工場ではなく、アマゾンの倉庫やウーバーのタクシーなどだ。著者はそれらに潜入し、過酷な労働の日々をつづる。

 たとえば彼は巨大な倉庫で、商品を棚から取り出すピッカーとして働く。手首には歩数計を巻かれ、一日に平均16キロ・メートルを歩く。労務管理は厳しく、休憩はロクにない。それでも描写には独特のユーモアがある。たとえば疲労しきった足は「チーズおろし器で擦(こす)られてガタガタになった蝋(ろう)の塊」と描写される。倉庫には労働者の失点をカウントする役目の男がいるが、彼は気弱な性格で、眼(め)に悲しみの色を浮かべている。そこには、やりたくない役目を負わされてしまった人間の、あわれに伴うおかしみがある。

 そのような著者が目指すのは、原題である「雇われ人」(HIRED)を丁寧に描くことだ。心の動きをめぐる事柄には、とりわけ注意が払われる。たとえば単純労働が、身体のみならず感情を消耗させること。その消耗を補うため、タバコや脂っこいポテトチップスが必要になること。厳しく管理されるうちに、態度が粗野になっていくこと等である。

 とはいえ著者が経験する現代の職場は、かつての炭坑や工場とは異なり、事故が頻発するようなものではない。安全管理がなされた「倉庫で私が死ぬことはない」のだ。ただ、生活に十分な賃金は得られないし、尊厳の感情は損なわれてしまう。

 そうした過酷な職場に共通するのは、労働組合が弱い、あるいは存在しないことだ。労働組合を蔑(ないがし)ろにすることの怖さを、この文芸的なルポルタージュは強く示唆する。便利なサービスで軽やかに商品を注文する側と、それを底辺で支えて擦り減る側との、ふたつの世界の隔絶が描かれる。濱野大道訳。

読売新聞
2019年4月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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