落花…澤田瞳子著 中央公論新社

レビュー

3
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落花

『落花』

著者
澤田 瞳子 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120051746
発売日
2019/03/19
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

落花…澤田瞳子著 中央公論新社

[レビュアー] 加藤徹(中国文化学者・明治大教授)

 平成で驚異的に進歩したものは三つある。携帯電話、インターネット、そして歴史小説だ。本作は、文化史学の進歩をふまえた斬新な歴史観、史実を土台に心理的ミステリーもちりばめた巧みなストーリー、言語芸術の特長を最大限に生かした描写力、どれをとっても、平成文学の到達点を示すマイルストーン的傑作である。

 平安時代中期。宇多天皇の孫で、仁和寺の僧となった寛朝(かんちょう)は、荒ぶる辺境の地・坂東をさすらう。彼は11歳のとき、白居易の漢詩を朗詠する「至誠の声」を聞き、人生が変わるほど感動した。「朝(あした)には落花を踏んで 相伴(あいともな)って出(い)づ」。朗詠の主は音楽の奇才・豊原是緒(とよはらのこれお)。その後、是緒は、謎の失踪をする。

 22歳となった寛朝は、是緒の行方を追って坂東に下り、豪族・平将門(たいらのまさかど)と出会う。将門は侠気(おとこぎ)のある人物だった。困窮して自分を頼る者は最後まで守る。それが後に大きな悲劇を招く。

 その他、盗賊や土豪、船団で水辺をめぐり歌舞音曲の芸と春を売る傀儡(くぐつ)女(め)など、誰が主人公となってもおかしくないほど個性豊かな人物たちが登場し、スリリングな物語を展開する。

 寛朝の従僕で美男子の千歳(ちとせ)は、もう一人の主人公だ。千歳は音楽で出世することを夢み、是緒が持ち去った伝説の琵琶を入手しようとする。妄執に取り付かれた千歳がとっさにとったある行動が、歴史を変える。物語の最後で、千歳の驚くべき「正体」が明かされる。

 本作の、言葉による「音楽」の描写は、文学の醍醐(だいご)味だ。仏教の梵唄(ぼんばい)、雅楽の朗詠、伝説の琵琶の音色、傀儡女の歌舞音曲。坂東の荒野に響く合戦の音、馬のいななきや兵士の喊声(かんせい)さえもが、壮大な管弦楽として描写される。妄執すなわち悟り。煩悩即菩提(ぼだい)。寛朝がついに見つけた究極の音楽とは――。

 歴史の興亡が夢と消えても、世々、大地に残る音がある。文学だからこそ描ける深くて大きな世界が、ここにある。

読売新聞
2019年4月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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