<東北の本棚>自転車レースの臨場感

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エスケープ・トレイン

『エスケープ・トレイン』

著者
熊谷達也 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912642
発売日
2019/02/20
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

<東北の本棚>自転車レースの臨場感

[レビュアー] 河北新報

 創設6年目の自転車ロードレースのプロチーム「エルソレイユ仙台」に、世界トップレベルで活躍する梶山浩介が電撃加入した。ツール・ド・フランスに8回出場し、今季限りの引退もささやかれるレジェンド。地方の新参チームににわかに注目が集まり、主人公の「僕」こと小林湊人(みなと)をはじめ所属選手に動揺が広がる。
 23歳の湊人は陸上競技の中長距離選手だったが、故障後のリハビリで知ったのをきっかけに大学2年で自転車に転向した。経験の浅さゆえか貪欲さに欠け、性格もどこか抜けている。梶山はそんな湊人に未知の可能性を見いだす。
 号砲とともに一斉にスタートを切り、ひたすらフィニッシュラインを目指すスポーツ。単純に着順を争う個人戦と思いきや、実は緻密な戦略と心理的な駆け引きに満ちたチーム戦なのだ。タイトルの「トレイン」は縦の隊列で走行すること。後方にいくほど空気抵抗が小さくなるため、複数の選手が先頭を交代しながら、最後尾のエースの体力を温存する。風よけやペースコントロールでアシストに徹し、エースの勝利に貢献する連帯の仕組みが人間ドラマの源だ。
 湊人らはツール・ド・とちぎ、ツアー・オブ・ジャパンなどの実戦で栄光と挫折を繰り返し、いよいよナショナルチャンピオンを決する全日本選手権の舞台へ。チームの作戦、梶山の思惑、湊人の成長は-。物語を追うほどにレース中の登場人物の視点に入り込む。手に汗握り、全身に疾風を受けるような臨場感を覚えた。
 本書にはなじみの薄い専門用語があふれているが、素人でも心配は無用。自転車をこよなく愛する仙台市在住の著者が、用語や戦略の解説をさりげなくストーリーに織り込む。メンバーの練習場所として泉ケ岳や大和町七ツ森といった地名が登場し、宮城の読者には一層親しみやすい。読み終わる頃には、レースのうんちくをつい誰かに語りたくなっているはずだ。
 光文社03(5395)8116=1728円。

河北新報
2019年4月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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