『雪の鉄樹』
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ハマると抜け出せない息苦しいほどの愛憎劇
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】太宰の“本歌取り”森見登美彦の新釈――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/565712
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森見登美彦は2003年に『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューしたが、その賞を森見の6年後に受賞したのが遠田潤子である(受賞作は『月桃夜』)。がらりと作風を変えた第2作『アンチェルの蝶』(あとから考えれば、これが遠田潤子の原点であった。大藪春彦賞の候補作だ)を本来ならあげるべきかもしれないが、ここでは私が初めて読んだ第4作『雪の鉄樹』をあげておく。
これを読むまで遠田潤子のことを知らなかった。『アンチェルの蝶』を読んでいなかったことが恥ずかしい。何なんだこれは!と驚いたことを思い出す。こんな小説、読んだことがない。類似の小説がないのだ。
曽我造園の三代目、雅雪(まさゆき)は幼いときから食事はいつも一人。しかも自分の部屋の勉強机で食べた。居間にはいつも父や祖父の女がいたからだ。いまでも彼は人前で食事が出来ない。無理に食べると吐いてしまう。近所では「たらしの家」と呼ばれていた曽我造園に育った雅雪は、遼平という少年の世話をしている。遼平の祖母に邪険にされているのに、幼いときとは違っていまでは遼平も反抗しているというのに、雅雪はじっと耐えている。その日々が延々と続いていく。その理由はなかなか語られないので、読んでいるとだんだん息が苦しくなってくる。これが遠田潤子だ。
最後に爆発するところまで一気に読者を引っ張っていく力技がすごい。過剰とも言える愛憎劇は、けっして万人受けするものではなく、読者を選んでしまうけれど、逆に一度ハマるとなかなか抜け出せない。現代エンターテインメントではきわめて珍しい作例といっていい。
登場人物の濃い感情の爆発にただただ圧倒される作品は、『蓮の数式』『オブリヴィオン』『ドライブインまほろば』と続いていくので、この『雪の鉄樹』に興味を覚えた読者はぜひ他の作品にも手を伸ばしていただければ嬉しい。