標的はアメリカ大統領。前代未聞の暗殺阻止策とは?

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大統領に告ぐ 新橋署刑事課特別治安室〈NEO〉

『大統領に告ぐ 新橋署刑事課特別治安室〈NEO〉』

著者
永瀬 隼介 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041079669
発売日
2019/03/20
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

標的はアメリカ大統領。前代未聞の暗殺阻止策とは?――【書評】『大統領に告ぐ 新橋署刑事課特別治安室〈NEO〉』西上心太

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

 快作!

 本書の感想はこの一言ですむ。現実の政治状況ときたら、日本もひどいがアメリカもひどい。いやもちろんロシアだって中国だってひどい。そのひどい政治への怒りの念を盛り込んで、エンターテインメントに昇華させるにはどうすればいいのか。その答えが本書であり、二月に文庫化されたシリーズ第一作『総理に告ぐ』である。文庫化に際し「新橋署刑事課特別治安室〈NEO〉」というサブタイトルがつけられた。NEOとは New Elite Office という意味の、警察庁刑事局長直轄の治外法権セクションなのである。

 前作でこの部署のメンバーたちは、強いカリスマ性と実行力を持ち、独裁政治を志向した現職総理大臣の犯罪を追及した。NEOの活躍と、最初に首相のスキャンダルをつかんだジャーナリストやマスコミの働きによって、ディストピアが遠ざけられたのだった。

 NEOを構想し実現させた警察庁刑事局長の仲村は、退職刑事二名の不審死に続き、暴力団の幹部が二名殺されたという情報を受け、ある結論を導き出す。それは近々来日するアメリカ大統領暗殺計画をもくろむ人物の存在だった。仲村は内閣官房長官を交えた会議でフリーハンドに近い譲歩を引き出すことに成功し大見得を切る。

「警察組織のあらゆる前例、取り決め、忖度を取っ払い、わたしの流儀でとことんやらせていただきます」と。

 とはいえ、NEOのメンバーはたったの四人に過ぎない。セクションを束ねるエリートキャリアの宮本紀子警視正、三十六歳。かつて紀子と掟破りの結婚を実行した黒澤剛警部、三十八歳。新人時代の黒澤を鍛えた〈警視庁のデストロイヤー〉久世尚也警部補、四十三歳。シェイクスピアを愛するインテリで拳法の遣い手でもある堤俊彦巡査部長、三十歳。この四人が古くさい新橋署のかび臭い地下室をオフィスに蟠踞しているのだ。

『総理に告ぐ』の文庫解説でも書いたが、現実と地続きの危機をシリアスに書いただけでは、読者にカタルシスを味わわせることは難しい。キャラクターの魅力、予測のつかない展開、絶妙な構成という三つの美点がこのシリーズの特徴だが、それらを最大限に生かすために、作者は適度なデフォルメを施している。

 暗殺の標的であるジョーカー大統領は、当然のことながらドナルド・トランプ大統領がモデル。彼が登場するのは後半だが、その言動もかくやというものばかり。その相手をするわが国の首相は現実よりケタ違いに立派な人物なのだが、傍若無人な大統領とのやりとりは、「さもありなん」と誰もが思うに違いない。

 この適度なデフォルメによって、荒唐無稽な物語が逆にリアルに感じられるとともに、読む者に「現実」を考えさせることにもなるのである。

 NEOのメンバーのキャラクターは前作以上に際だっている。暗殺阻止のため無期懲役刑の男を釈放する仲村の英断、常に冷静さを失わずに対応する宮本紀子の凛とした姿、その彼女に寄せる部下たちの複雑な感情など、より深化したレギュラー陣の姿を垣間見ることができる。また、暗殺者の造形も素晴らしく、負の遺産を背負った彼の存在は、過ぎ去ったこの国の歴史ともかかわってくる。

 そして捜査に協力する釈放された男の、下町の爺さんのような造形も印象に残る。ある意味、「観念」の世界に生きた男でありながら、このように描くとは、これも見事なデフォルメが決まった一例であろう。

 暗殺者の正体とその行動、さらにそれに対応するNEOの捜査方法が、先に挙げた予測のつかない展開である。この息もつかせぬ展開に引っ張られた読者は、ただ読み進めるしかない。意外な暗殺地点が日米の歴史にまで遡るという構成の妙も鮮やかである。

 本書は、読者を十二分に楽しませながら、同時に日米関係の歪さという現実への批判も盛り込んでいる。作者お得意の手法によるエンターテインメントを読まずにおられようか。

KADOKAWA 本の旅人
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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