「風景」を介した大衆の感情史

レビュー

4
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豊かさ幻想 戦後日本が目指したもの

『豊かさ幻想 戦後日本が目指したもの』

著者
森 正人 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784047036697
発売日
2019/03/28
価格
1,870円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「風景」を介した大衆の感情史――【書評】『豊かさ幻想 戦後日本が目指したもの』畑中章宏

[レビュアー] 畑中章宏(作家・民俗学者)

「平成」が終わろうとしているこの時期に、「昭和」の戦後について、地理学の立場から検証しようという試みである。なぜいま昭和の戦後を取りあげるのか。なぜなら高度経済成長期に提起された問題がなおざりにされたままであり、現在も新たに浮上していると著者は考えているからである。

 地理学においては、「風景」への着目が大きな手掛かりになるようで、国土開発の風景、コンビナート風景などに目が注がれる。これらは国家政策と資本主義の力で作られたにもかかわらず、「豊かさ」や「成長」、「未来」の風景として賞賛されてきた。そのうえ、こうした風景が作り出す社会的不平等や環境破壊は見えないものとされてきたのである。

 太平洋岸ベルト地帯に見られるコンビナートの「風景」は、国家の産業政策で開始された石油化学工業によって生み出されたものである。昨今では、「工場萌え」などと言ってもてはやされる「風景」だが、三重県四日市市の風景の変遷にみられるような、未来志向と公害問題の関連を本書は丹念にあとづける。そして、そこで見えている風景が、いったいどのような考え方に基づいて作られたのかを問わなければならない、と著者は注意を喚起するのだ。

「風景」とともに、戦後が生み出した「展示空間」や「事物」にも目が向けられる。

 戦後に開催されたアメリカ博覧会や原子力平和利用博覧会の風景と展示空間は、冷戦構造下におけるアメリカ的価値観を、憧れの対象として表現するものであった。またプラスチック、避妊具、自動車、電化製品といった事物は、特定のイデオロギーを正当化し、強化する役目を果たした。貞淑で計画性のある女性や男性の放蕩的な属性、勤勉な労働者といったラベルはイデオロギーの産物にすぎず、さらには身体空間の収奪すらも自明のものとされてしまうことが指摘される。

 私が民俗学の視点から最も興味を惹かれたのは、プラスチックをめぐる「風景」と「風俗」である。石油化学工業によって生産された製品のなかでも、加工がたやすく、生産コストが安価で、重量が軽いプラスチックは、日常生活のあらゆる場面へと浸透していった。

『週刊娯楽よみうり』(三─二一、一九五七年)は、プラスチックを「第二次産業革命」と呼び、日常生活のさまざまな場面で利用されるプラスチック製品を紹介する。

 女性の部屋には、目覚まし時計、歯ブラシ、うがい用コップ、石鹸箱、手ぬぐいかけ、カーテンがあり、「さわやかな」「プラスチックの朝」が演出される。デパートは「プラスチックのオンパレード」で、「いこいのひとときもプラスチックスでうずめつくされている」。整形美容医院では医院長が「プラスチックスは霊妙な現代の変身術師だといえるでしょう」と言い、神田の商店街では、「テレビのめざましい普及は、ひとえにポリエチレンの発達のおかげとさえいえる」などというふうに、プラスチックは日常生活に欠かせないものだと評価される。プラスチックは人間の身体空間を装飾し、その内側にまで入り込んでいった。「国家からコンビナート、デパートやスーパー、さらに家庭そして身体へ、プラスチックはいくつも地理的スケールを循環する」のだ。

 著者は、風景の見え方は重層的であり、価値中立ではないと言う。にもかかわらず、「幾重ものスケールを通して特定の価値観が広まり、正当化され、別の価値観や矛盾が覆い隠される」のだ。いっぽうで、自然も身体も完全には資本化されないことから、「イデオロギー的粉飾に対する抵抗の場所となる可能性も無ではない」と一抹の希望を抱く。

 東京五輪を来年に控え、大阪・関西での万博も決定しているいま、「豊か」だったとイメージされる高度経済成長期に対して反省を促す本書は、良質な大衆の感情史になっているといえるだろう。

 ◇角川選書

KADOKAWA 本の旅人
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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