人外(にんがい)…松浦寿輝著 講談社

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人外

『人外』

著者
松浦 寿輝 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065147245
発売日
2019/03/07
価格
2,484円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

人外(にんがい)…松浦寿輝著 講談社

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

 魔都上海を舞台にした大長編『名誉と恍惚(こうこつ)』では活劇の趣で驚かせた作者が、本来の小説空間に立ち戻って書いた一篇(いっぺん)。

 アラカシの巨木から滲(にじ)み出るように地上に落ちた「わたしたち」は、意識が胚胎すると、なにやら四足獣のごとき形の「わたし」という「人外(にんがい)」になっている。作者ならではの不可解な始まり。「人外」は、「さびしさ」ゆえに「かれ」を探して橋の向こうをめざす。「かれ」とはだれか? 対岸には人間の世界があるけれど、人界(じんかい)は災害で廃墟(はいきょ)のごときものと化して、賑(にぎ)やかさとは無縁だ。カジノ、図書館の跡地、病院、遊園地と、「さびしい」風景を次々と巡る「人外」の彷徨(ほうこう)が緩やかに流れるように語られる。死体だらけの列車に乗る偽哲学者、「ひとでなしの顔」をしたルーレットを廻(まわ)す男、「ふたつの道を両方とも旅するわけにはいかない」と米国詩人フロストの作品を口ずさむ女司書、今はボイラーの保守をする病院長、遊園地のゴンドラ漕(こ)ぎなど、不思議な人間と出会ううちに、「さびしさ」も快くなる「人外」。やがて終わりの時が来ると、「かれ」はもはや「人外」のなかにいる。「不在それじたいがかれ」で、その「かれ」が「わたしたちに同化」すれば、「かれ」となった「わたしたち」は「とろりと溶けて」、「無」だけが残ったのだ。存在と意識のずれに由来する不可能な探索の軌跡か、はたまた集合的記憶の遡行(そこう)の隠喩なのか。これはある種の哲学小説であって、問いは開かれている。

 読後、奇妙な現実感を帯びた細部は霧散して、まるで不思議な幻灯を見たような眩暈(めまい)におそわれた。作者ならではの文体の魔術に酔ったが、その表現には、初期詩集『ウサギのダンス』を想起させるところもある。カフカの『巣穴』を思い出したのは、「人外」が巣穴を作ったからだが、カジノの場面では秘(ひそ)かに仏国詩人マラルメの詩が挿(はさ)まれていて、他にもこうした仕掛けがありそうだ。じっくりと読み解くべき問題作。

読売新聞
2019年4月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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