複数の言語や民族にルーツを持つ書き手の名作3選

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未知の暴力に立ち向かう主人公の強烈な”叫び”

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 アメリカの高校を退学処分になりそうな主人公が〈学校は、相変わらず残酷なところだ〉と思う場面で『ジニのパズル』は始まる。ジニは同級生が床に寝転がり泣き叫ぶ様子を見ながら〈だけど学校ってのは本当に残酷なところだ〉と反芻する。本書は崔実(チェシル)のデビュー作であり、第五十九回群像新人文学賞、第三十三回織田作之助賞、第六十七回芸術選奨新人賞を受賞した。〈学校――あるいはこの世界からたらい回しにされたように〉どこにも居場所がない少女の戦いを描く。

 ジニは在日韓国人三世だ。彼女はホームステイ先の絵本作家に五年前の出来事を語る。東京の朝鮮学校に通っていたこと、教室に飾ってある金日成と金正日の肖像画をベランダから放り投げたこと。なぜ〈私がしたことは、本当に間違っていたんだ〉と悔やんでいるのか。ジニの過去が明らかになっていく。

 最もやりきれないのは、優しい人がいても救いにはならないというところだ。ジニは朝鮮語がほとんどわからないのに朝鮮学校に入学した。彼女の事情を汲んで教師は日本語で授業を行ってくれる。穏やかで親切なニナという友達もできる。ところが、ジニの孤独は深まるばかりだ。日本の小学校で親近感を抱いていた同級生に差別された経験を引きずっていたことが大きいだろう。やがてテポドンが発射され、制服のチマ・チョゴリを着ていたジニは未知の暴力に遭遇する。

 ただ自分が自分として生きているだけで存在を脅かされる。そんな残酷な学校に、世界に、ジニは強烈な異議申し立てをした。うまくいかなかったけれども、嫌なことを嫌だと叫ぶことは決して無駄ではないと思える結末になっている。

 崔実のように複数の言語や民族にルーツを持つ書き手は近年増えている。次に読むならアメリカ育ちのインド系作家ジュンパ・ラヒリのピュリツァー賞受賞作『停電の夜に』(新潮文庫)、台湾生まれ日本育ちの東山彰良の直木賞受賞作『流(りゅう)』(講談社文庫)をおすすめしたい。いつのどんな世界も残酷だが、同時に美しいということも発見できる。

新潮社 週刊新潮
2019年4月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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