『世界の核被災地で起きたこと』
書籍情報:openBD
世界の核被災地で起きたこと フレッド・ピアス著
[レビュアー] 宮尾幹成(中日新聞原発取材班)
◆汚染地の苦悩 現場で取材
「原発と原爆が頭の中で結び付いている人に、この二つが違うと分離して理解してもらうのは難しいことだ」
今年二月、運転停止中の中部電力浜岡原発(静岡県)を視察した中西宏明・経団連会長がこのように述べ、地元市長は「住民は(違いを)十分に分かっている」と反発した。このやりとりには違和感を覚える。核分裂エネルギーを制御しながら使う原発と一気に解き放つ原爆に、物理現象として本質的な違いはない。「分離」するのはそこから目を背けるためだろう。
環境ジャーナリストの著者は、米ソの核開発競争の犠牲になった地域や放射性廃棄物を持て余す地域に足を運び、住民らの苦悩をすくい上げる。原子力の商業利用に由来する被害も軍事利用による被害も、「核被災」として並列に扱う。けだし見識ある態度である。放射能汚染された地域の人々にとって、その原因が原発だろうと核兵器だろうと関係ないのだから。
広島、長崎、第五福竜丸、旧ソ連・チェルノブイリ、福島以外の核被災に関する日本語の書物は多くない。水爆を積んだ米軍機がスペインやグリーンランドで墜落した事故など、知る人ぞ知る話だ。こうした知識を得るだけでも本書をひもとく価値がある。
近くに核実験場のあった米国のリゾート地ラスベガスにはかつて、客室の窓からきのこ雲を見物できるホテルや「ミス原子爆弾」コンテストがあったという。今思えば無邪気なほどに楽観的だが、私たちの国でも東京電力福島第一原発が破局的事故を起こすまで、地元自治体は「原子力 明るい未来のエネルギー」の標語を掲げていた。原子力が希望の象徴だったという点では大同小異である。
財界トップは冒頭の発言に際し、気候変動への対応やエネルギー安定供給の観点から、原発再稼働以外の選択肢はないとも語っている。その是非は、私たち自身が選挙や市場を通じて判断すればよい。ただ国民的議論の土台として、福島のみならず世界の核被災地の実情に目を向けておくのは意義深いことだ。
(多賀谷正子・黒河星子・芝瑞みず紀き訳、原書房・2700円)
ロンドンを拠点に世界中を取材するジャーナリスト。英国科学作家協会・生涯功労賞などを受賞。
◆もう1冊
尾松亮著『チェルノブイリという経験』(岩波書店)。30年以上の被災地の歩み。