上橋菜穂子×佐藤多佳子・対談 「原点」そして「これから」

対談・鼎談

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精霊の木

『精霊の木』

著者
上橋菜穂子 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101320854
発売日
2019/04/26
価格
649円(税込)

明るい夜に出かけて

『明るい夜に出かけて』

著者
佐藤多佳子 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784101237367
発売日
2019/04/26
価格
738円(税込)

上橋菜穂子×佐藤多佳子・対談 「原点」そして「これから」

[文] 新潮社

はじめの一歩

上橋 佐藤さんのデビューのきっかけは、投稿でしたよね。

佐藤 大学を卒業してから就職をせず、その後一年は会社勤めをしたけれど、学者にも会社員にもなれず、自分の人生はどうなるのだろうと思っていた時期があったんです。でも、作家になりたい気持ちは小学校からずっと持っていて、その頃から習作は続けていました。

上橋 あ、似ているなぁ。書いていると幸せでしたよね。

佐藤 私は大学のときに児童文学サークルに入って、神宮輝夫先生が顧問をされていて……。

上橋 ありゃまあ、なんて贅沢な。

佐藤 作品を講評していただく機会があったのだけれど、神宮先生は厳しかったので、全く誉めてもらえなかった。自作の世界観の狭さを思い知ったし、表現の具体性の必要をとことん教えていただきました。その時点で自分の現在地がすごくよくわかりましたね。

上橋 すごく幸せな話ですね、それ。

佐藤 幸せだったと思う。二十歳ぐらいで、自分はこのままではどうにもならないということがわかり、一旦転機を迎えたんです。それまでは児童文学オタクで、子どもの本が好きだから、追い続けていけばいいと思ってたのが、このままでは先に道はないと気づいてしまい、飢えたように、映画でも本でも舞台でも様々なものを自分の中に入れていきました。そこで、ジャンルへの拘りがなくなりましたね。ただ、自分の書いているものがプロには全然届かないとわかってたから、作家になりたいという人生の目標は掲げられなかった。

上橋 私もなかなか人には言えなかった。言ってはいけない気がしていた。

佐藤 でも、書くことはライフワークであることに変わりなくて、運がよければプロになれるかなと思い、会社を辞めたときに、もう一回チャレンジしようと決めて、一年間引き籠もって七作仕上げて。

上橋 すごいねえ。佐藤さんはいつも頭の中に何作もあるものね。

佐藤 「公募ガイド」を見て、子どもの本から小説から、あちこちに送ったわけです。幸運にも絵本雑誌「MOE」が『サマータイム』を選んでくれました。一年のチャレンジでデビューできたのは、ある意味ラッキーでしたね。

上橋 やっぱり私たち似てるねぇ。

佐藤 今度は、上橋さんの話を聞かせて。

上橋 佐藤さんも就職したけれど、という話があったけど、私は大学院で、みんなが社会人になっていくなか、自分が夢見ているような物語は、どれほど書いても、書ける気がしないでいたのです。

佐藤 こういうものを書きたいというところまで届いてない……?

上橋 遥か彼方にあるもので、届かない気がしていて。私には作家の修業をする環境はないから、幻想を抱きそうになる自分を自らで壊そうとしていました。

佐藤 誰かに読んでもらったりした?

上橋 親友と弟には読んでもらったけど、自分を壊すためには「日本にいちゃだめだ」という結論に辿り着いたの。優しい家族や友達にも恵まれたこの環境に甘えていたら、百年かかっても目指す場所には辿り着けないと思って。

佐藤 それは物を書く人間として目指す場所、ということね。

上橋 そう。物語は、自分以上にはなりえないでしょう。夢見ているような物語を書ける人間になるために、私は自分に壮大なダメ出しをしたわけです。それで、博士課程を受けたんです。実は修士の頃に、「公募ガイド」を調べたけれど、どれも応募規定枚数はすごく少なくて、私が書く千枚の長編を応募することはできないことがわかっていたから。

佐藤 そうなんだよね。多くて三百枚だった。そこに収まらなかったのね。

上橋 私が一番短く書けたのが五百四十枚で、それが『精霊の木』だったんです。

佐藤 要するに、持ち込みするしかなかったわけね。

上橋 偕成社に持ち込んだんだけれど、電話を受けた相原さんという編集者が、「はいはい。いつでも、僕はちゃんと誠実に読みますよ。だけど、そういうのが毎日毎日送られてきてるから、僕は今その段ボール箱につまずいて歩いてるので、半年は待ってね」と言われて。

佐藤 えぇー。

上橋 半年待っても全然返事が来なくて。
 そうすると、編集者が読んで箸にも棒にも掛からなかったんだなと、もう諦めるべきことなんだろうと思って、博士課程の受験をしました。そして、一年間、聴講しながらアルバイトしていたときに、相原さんからハガキが届き、「それにしても才能を感じます。一度会ってみましょう」と言われて、デビューに至ったというわけです。

佐藤 時間は掛かったけど、しっかり読んでもらったのね。

上橋 でも、相原さんからダメ出しがありました。まずは「長い」。四百枚まで削るように言われ、次は、句読点の打ち方について。私は枚数を減らすために、ぶら下がりにしたりしたんだけど、真っ黒な紙面になっていて、「人は文章を読むとき、息継ぎのリズムで読んでるのに、これでは息ができなくなる」と。

佐藤 そうか、添削していただいたのね。

上橋 いや、添削じゃなくてダメ出し(笑)。修正は自分でやって、いい勉強になりましたよ。そうやって出たのが『精霊の木』だったんです。

新潮社 波
2019年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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