『Blue(ブルー)』刊行記念インタビュー 葉真中顕 平成を駆け抜けるクライムノベル

インタビュー

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Blue

『Blue』

著者
葉真中顕 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912734
発売日
2019/04/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

平成を駆け抜けるクライムノベル

[文] 円堂都司昭(文芸評論家)

01
葉真中顕さん

平成という時代が終わる。その三十年間の文化・風俗を俯瞰しながら、

児童虐待、子供の貧困、少年犯罪、モンスターペアレント、外国人の低賃金労働など、

格差社会が生んだ闇に迫る、骨太な犯罪小説が刊行された。

『ロスト・ケア』『絶叫』『凍てつく太陽』――。

今もっとも注目される新大藪賞作家が、新作『Blue』について、熱く語ります。

インタビュー・文 円堂都司昭

 ***

――葉真中さんの第二作『絶叫』に登場した刑事・奥貫綾乃が『Blue』に再び登場します。

葉真中 三年くらい前に書下ろしの口約束をして、着手したのが一年前。当初、『絶叫』で狂言回しだった奥貫の再登場を決めた以外は白紙でしたが、天皇が生前退位して平成が終わるというニュースがあった。それで平成史をやろうと考えた。また、もともと普通の育ちかたをしていない子供の話を書きたかったんです。僕が話を作る時はいつも複数の要素を組みあわせる。それで平成の三十年を生きて、子供から大人になる話にしました。

――『絶叫』は一九七三年生まれの団塊ジュニアの女性が主人公で、『Blue』は平成元年生まれの男性が主人公。貧困、格差など、社会問題を描いた物語に時代ごとのトピックを織りこむ点は、共通しています。

葉真中 発想は近いです。ある期間を語るうえで、東日本大震災のように避けることのできない事象はありますが、言及する事象が二作であまりかぶらないように意識しました。『絶叫』を踏襲したところはありますが、あれはある人間の一代記のようなもの。今回は平成史という形を打ち出そうと決めました。最大の違いは、『絶叫』で避けた固有名詞を多用したこと。『絶叫』では、『東京ラブストーリー』のタイトルを出さずに、ヒロインが「セックスしよ」というドラマ、と書くなどした。『Blue』では固有名詞を出す方針にして、そこの感触は自分のなかで大きく違うところでした。

――小説を書く際、時代の事象とキャラクター、どちらから先に発想するのですか。

葉真中 基本的に事象が先で、このエピソードを語るにはどんな人物にするかと考えます。ただ、キャラクターが固まってくると、勝手に喋り出すことはある。作ったキャラクターに事象やエピソードを料理してもらう感覚に近い。僕の作品全般にいえることですが、人材派遣業やフリーターなど、時代や風俗を象徴する職業を意図的に登場させています。

――『Blue』ではブルーと呼ばれる少年が一四歳の時に事件が起きる。

葉真中 子供のうちに大きい事件を起こす構成を考えました。平成史をやるからには、真ん中で事件を起こしたかった。平成一五年に事件を設定すると、元年生まれの主人公は一四歳。それより幼いとリアリティが怪しくなる。年齢と事件が起きるタイミングがはまったので、そこからプロットを書き始めました。

――読んで興味深かったのは、平成一一年に求人倍率が0・4ポイントも下がった事実です。葉真中さんは直面した世代でしょう。

葉真中 『Blue』もそうですが、僕の現代ミステリーはすべて、就職氷河期世代の恨みが現れています(笑)。一九九〇年代後半に求人倍率が下がった。一括大量採用は、昭和には日本の企業風土にあっていたし、高度成長を支えた。でも、低成長で少子化が進む平成にはあわなくなった。それが可視化された瞬間が、就職氷河期。不景気は国民全体で共有しますが、就職は、数年の範囲の運の悪い人だけにダメージがいく。その不公平感が辛(つら)かった。

――『Blue』の登場人物では、一九七五年生まれで作家志望の三代川修が作者自身に近い。

葉真中 彼は私です。思春期に尾崎豊にはまり、ギターを弾いてヒーローになれると思い、『笑っていいとも!』に出る自分を想像するなどは僕世代のあるある(笑)。彼について小説では一応就職させましたが、入った会社はつぶれていないか、その後が気になります(笑)。

――昭和のまま時間が止まった部屋など、平成と対比して昭和についても書かれています。昭和から平成への転換にどんな印象を持っていますか。

葉真中 元号が代わった瞬間は、まだ子供で感慨もないわけです。大喪(たいそう)の礼(れい)で祖父が甲州街道に並んだり、その世代にとって大事なことだとは思いました。でも、自分の親の受けとめかたはそうではなかったし、さらに僕になると、テレビは崩御の瞬間から自粛自粛でつまらないのでビデオ屋へ行こう、友達と遊ぼうという感じ。平成になったと実感したのは、学生時代に就職活動を間近にして、この国の景気はよくないとわかった時です。子供の頃の記憶からすると、昔はもっと景気がいいようなこといってなかったっけ、トレンディドラマのような横文字仕事がウォーターフロントにあって、週末はディスコで遊ぶ未来があったはずでしょと思うわけです。それがないと気づいたのが、平成の一桁台後半くらい。昔は週刊少年マンガ誌に普通に載っていたヤンキーマンガが今では激減したのも、不良が社会に出てから、「俺も昔はやんちゃして」と決まり文句をいえる世の中ではなくなったから。人生をやり直せなくなっている。

02
葉真中顕さん

――『Blue』には時代を彩った流行歌がちりばめられています。

葉真中 歌詞の引用が多いですけど、平成三十年の間で、人それぞれ、思い出の曲は違う。共通体験として耳に残っているものを選びました。自分の好きな青葉市子から一曲入れましたが、それ以外は読んだ人が「あったあった」と思える曲にしました。物語の解釈のキーともなる『世界に一つだけの花』は、つくづく平成的だと思いました。「No.1にならなくていい」とポジティブに歌っていたけれど、基準がなくなった時代、ナンバーワンを目指せなくなった時代に突入したという意識が自分にはあった。僕は多様性を大事にしたいから、ナンバーワンよりオンリーワンということ自体はいいと思う。でも、発表当時は、こんな弱腰の歌詞とか亡国ソングだとか批判もあった。反発も含め、時代を象徴する曲として使わせてもらいました。

――歌っていたSMAPのその後に、作中で触れているわけではないですが、今の労働環境をあれこれ連想させる曲でもありますね。

葉真中 歌の詞って象徴的なものだからいろいろ考えさせるし、読む側が勝手に読みこんでくれる。ただ、僕は大手の版元って、JASRACとグロスで契約して使い放題だと勝手に思っていたんです。原稿渡した後に担当編集から「違いますよ。私がいちいち許可をとっているんです」といわれて、ごめんなさい(笑)。

――モーニング娘。の曲が好きなブラジル人労働者も登場します。

葉真中 図書館で平成の新聞をめくり返して思ったのは、日本がおじさんのものから子供、女性、外国人のものに変わっていく始まりだったということ。まだ途上ですが、人口動態的にそうならざるをえない。子供が減って外国人が増えた。減ったから子供の価値が上がる。移民政策をとらないまま事実上の移民を入れ続けたことで齟齬(そご)が起きている。一方、女性だから結婚して子供を産まなきゃいけないのかと、「?」がつくようになった。家父長制的な世界観の変更を余儀なくされ、それに対するバックラッシュが起きているのが今。書きながらそのことを考えていました。

――LGBTについても少し触れている。

葉真中 日本の小説の世界では、いないことにして排除されているから、存在こそが問題で問題として語らなければならない。従来は、そう語られがちだった。でも、最近ようやく、友達にも一人いるんだよねと、普通のこととして書けるようになった。『Blue』では登場する一人が性的マイノリティで葛藤を抱えていますが、それ自体は物語の大きなテーマではない。普通にいる形にしたかったのでこういうバランスで書きました。物語ってこういうものだろうと思いこみで作ると、無意識でこぼれるものがある。なるべく多様なものを拾いあげたいと意識して書いています。

――かつて罪山罰太郎を名乗ったブロガー時代にも児童虐待をとりあげていました。

葉真中 げ、ご存じなんですか(笑)。基本ネタ系のゆるいブログだったんですが、たまにポリティカルな意見を書くこともありました。小説を書き始めてからは、社会派といわれました。社会派というと大上段な感じですが、小説は意見の押しつけとは違う。描写によってテーマをどれだけ読者と共有するか。問題意識は一緒でも方法論は異なる。現在はSNSで気軽に発散できますし、ネット自体が平成のもの。ウェブでも、じっくり読ませるテキストサイトから瞬発力のSNSへ潮流が変わった。腰を落ち着けて読むことに価値がおかれなくなったのは、我々には大問題だけど、本でしか味わえないものを書ければと思っています。

――『Blue』にはユニクロ、YouTube、ソーシャルゲームがあれば楽しいという、平成に育った若者の感覚も書かれています。

葉真中 芥康介という児童相談所の人物に若い世代を象徴させています。真面目でいいやつだけど、低成長時代のありかたを自明のものとして生きる人たち。世代感覚としては正しいかもしれないけど、低成長が固定化してもいいみたいな感覚は問題があると思います。

 平成前半には、阪神・淡路大震災とオウム真理教事件が起きた一九九五年のショックがあった。その平成七年には、日本は安心、安全な国ではないかもしれない、国民一丸で成長を目指しバブルまで行った昭和とは、モードが違う社会、時代になったというショックがあった。その後、次のモードチェンジに到達できていない。平成がどんな時代だったかは、人によって違う。ただ、日本の国土で一回も戦争せずに平和だったのはいいこと。災害は多かったけれど、昭和や明治に比べ、国家の形が激変するとか、ライフスタイルが一変することはなかった。引いた視点からみると、平成は平らな時代だったと思う。とはいえ、クローズアップすると、そこには多様な人の人生の起伏があって、『Blue』では特に一人をクローズアップした。まとめ的にいうなら、誰にも気づかれずにいる苦しみや悲しみ、ささやかな喜び、静けさのなかで起きている個人の大きな変化を描ければと思って書きました。

葉真中顕(はまなか・あき)
1976年東京都生まれ。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家デビュー。ほかの著作に、『絶叫』(吉川英治文学新人賞候補・日本推理作家協会賞候補)『コクーン』(吉川英治文学新人賞候補)、大藪春彦賞受賞作『凍てつく太陽』など。

光文社 小説宝石
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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