佐藤優 現実主義的外交と沖縄差別――松岡哲平『沖縄と核』

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沖縄と核

『沖縄と核』

著者
松岡 哲平 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103525615
発売日
2019/04/18
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

現実主義的外交と沖縄差別

[レビュアー] 佐藤優(作家・元外務省主任分析官)

 外交には、理想主義と現実主義という2つの考え方がある。理想主義者は性善説に立ち、対話によって戦争を回避することが可能であると考える。これに対して現実主義者は性悪説に立つ。常に他国の悪意を想定して、自国を守るべきと考える。理想主義的理念を持つ政治家や外交官でも、実務においては現実主義に傾く。

 本書は、核抑止による日本の安全保障を現実主義的に追求すると、沖縄に対する過重負担という結論に至る構造を見事に描いている。アメリカは、反核感情が強い日本(本土)よりも沖縄に核兵器を配置する方が現実的と考えた。1957年にアメリカのプロパガンダ機関USIA(アメリカ文化情報局)が行った世論調査の結果を踏まえ、著者は〈重要なことは、当時アメリカが、日本人の反基地感情の源流を反核感情に見いだしており、そのことに強い警戒感を持っていたこと。そして、本土よりも沖縄に基地を置く方が、「ハードルが低い」と見なしていたことである〉(72頁)という結論を導いている。その通りと思う。このようなアメリカ当局の認識の下で、岐阜県や山梨県、静岡県に駐留していた米海兵隊が、1950年代に沖縄に移動することになる。日本の反米軍基地闘争が沖縄における米軍基地の過重負担という結果をもたらしたのだ。

 もっとも沖縄という地域に過重負担を強いる背景には、日米両国民の沖縄に対する無自覚の差別意識がある。50年代に沖縄で核使用を想定した訓練に参加していた元海兵隊員ハリー・ミカリアンの認識が典型的だ。

〈こうした海兵隊の訓練に対し、沖縄の人々はどのような反応を示していたのだろうか。/「訓練場で私たちが食べた食料の残飯を、たくさんの貧しい沖縄人(Okinawans)が来て、拾っていました。十分な食べ物がなく、それほど貧しい状態にあるのを見るのは辛いことでした。人々のそんな様子を見ると、私はある種、感情的になってしまったのを覚えています」/本土で起きていたような核兵器への反対運動がなかったかと聞くと、ミカリアンは、「全くありませんでした」と即答した。/「沖縄人は、我々の訓練の内容など知らなかったと思います。彼らは我々が軍隊だという事は分かっていたでしょうが、核兵器を持っていたことなど知るよしもなかったでしょう。当時、沖縄の人々は高等な教育は受けていませんでした。彼らの多くは貧しい農民だったのです。日本人には教育を受けた人がたくさんいました。彼らには何が起こっているのか分かっていました。だけど人は農業に従事していると、他の物事に追いついていかないのです」/ミカリアンは、Okinawans(沖縄人)という言葉を使い、Japanese(日本人)と区別した。/貧しく教育レベルも低い沖縄は、日本本土と違い、核の訓練に何の遠慮もいらない場所だ――。/こうした意識は、区別というより「差別」と言った方が適当かもしれない。/別の文脈でミカリアンは、当時米軍の中にあった黒人差別について語った。(中略)/それに比べると、「沖縄人」について語るミカリアンの言葉はあっけらかんとしたもので、何の躊躇もなかった。/差別は、それを差別と意識していないからこそ起きるものなのだろう。そしてアメリカ軍の中にあるこうした無意識の差別こそが、沖縄への基地と核の集中をもたらしたのかもしれない〉(101~102頁)。

 アメリカと日本の沖縄に対する複合的差別が沖縄における基地と核の集中の根底にある。

 著者らの取材チームが沖縄返還交渉当時の国防長官だったメルビン・レアードから2016年9月に得た証言も史料的価値が高い。

〈唐突に、レアードは言った。/「今だって、日本には核兵器があるさ」/驚いて、いったいどういうことなのかと聞き返した。/「今も空母や潜水艦がたくさんあるだろう。日本が、核兵器という盾を維持するのは大事なことだと思わないか?」/日本は、現在でも、沖縄返還前と同じようにアメリカの「核の傘」に守られている。仮に、日本の国土の上に核兵器が配備されていなかったとしても、その事実は変わらない。レアードが強調したかったのはそういうことだった〉(322頁)。

 評者は外務官僚だった。外務官僚の大多数も、日本に寄港する核兵器搭載可能なアメリカの航空母艦や潜水艦が、核兵器を搭載している可能性は十分にあると考えている。

 しかし、その問題にはあえて踏み込まない。アメリカの核抑止力が日本の安全保障に不可欠であるという現実主義的思考から外務官僚が抜け出せないからだ。

新潮社 波
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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