障害者介助から考える「これからの」ケア論

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はじめてのケア論 = A GUIDE TO STUDIES IN CARE

『はじめてのケア論 = A GUIDE TO STUDIES IN CARE』

著者
三井, さよ, 1973-
出版社
有斐閣
ISBN
9784641150607
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

障害者介助から考える「これからの」ケア論

[レビュアー] 齋藤曉子(島根県立大学総合政策学部准教授)

 本書は、地域包括ケア(1)として構築される「これからの」ケアシステムのあり方を考えたい人のために、社会学の視点から今後必要となるケア論の論点を丁寧にまとめた一冊である。平易な文体で書かれ、論点を理解するための事例も豊富に紹介されており、社会学を学ぶ人以外にも読みやすい本となっている。ただし、本書は「有斐閣ストゥディアシリーズ」として私たちが想像する「教科書」と、だいぶ趣が異なっている点は留意していただきたい。

 本書のユニークな点としてまず挙げられるのが、論点整理の方法である。一般的な教科書は定説となっている「これまでの」主要なケア論を網羅的に説明することに主眼を置いているが、本書はケアシステムとして「これからの」ケアに必要になってくるであろう論点に絞り込んで提示している。次に挙げられるのが、ケアの限定性である。ケア論といった場合、育児、高齢者介護、障害者介助など複数のケアの対象を包括する議論を目指す傾向がある。しかし、本書のケア論として念頭に置かれている対象は障害者介助(知的障害者への自立生活支援を中心に、障害児への学校教育が主な事例として挙げられている)であり、高齢者介護への言及はみられるが、育児そのものは対象とされていない。この対象とも関連して、ケアの与え手として想定されているのは、家族ではなくフォーマルなケア従事者である。このように本書は、「はじめてのケア論」というタイトルではあるが、著者も序文で述べているように偏りがあり、専門書に近い構成になっているのである。しかし、本書はこの特徴があることによって「これからの」ケアを考えるうえで優れた入門書になっている。その理由を、内容を紹介しながら述べていきたい。

 第1章は、医療や福祉において「治療」を中心とする価値観から、「生活の質」を重視する「生活モデル」に変容していることで起こるケアシステムの変化について述べている。こうした変化において既存のニーズ論の枠組みだけでは限界があり、新たな議論が必要であるという本書の基本的な姿勢が示されている。

 第2章~第4章は新たなケアシステムの中でのケア従事者についての章である。第2章では、生活モデルに依拠した新たなケア従事者として、独自のモデル「専門職のケア」と「ベースの支援」を挙げている。「専門職のケア」は、上田敏の専門職論に着想を得たモデルで、ケアの必要な人の意志を大切にしつつも、自らの専門的技能も活かしながらケアの必要な人とともに目標に向かって協同していくものである。一方、「ベースの支援」とは、ケアの必要な人の日常生活を支え、専門職のケアを受け入れられるような素地をつくることを指すものである。続く第3章は、今後「生活モデル」の中でより重要性が増していくであろう「ベースの支援」を行うケア従事者について、具体的な事例に即しながらその特質や困難を説明している。第4章は、新たな特質を持つケア従事者のケア(特に日常性や蓋然性が含まれる「ベースの支援」)の質をどのように評価していくのかを議論している。

 第5章・第6章は、地域における「排除/包摂」(2)を取り上げている。第5章では、学校における障害児のインクルージョンを事例に、古典的排除とは異なる現在の排除の状況が示され、今後のケア論にはニーズ論以外に「排除/包摂」の論理を用いることや、それぞれの関係性に根差して「排除/包摂」を変えていくことが必要であるということが述べられている。第6章では、前章の「排除/包摂」の議論に基づいて、障害者が地域で暮らすことやその支援について議論している。知的障害者への自立生活支援を事例に、「地域で暮らす」ことを根底から問い直しながら、ケア従事者による地域での暮らしへの支援の可能性を探っている。

 以上の内容を踏まえて、本書が「これからの」ケア論として優れていると私が感じた理由を、3つ述べたい。

 第1は、一貫性があるケア論を展開している点である。ある程度体系立った先行研究がある「これまでの」ケアに関する議論とは異なり、「これからの」ケアにはいくつもの可能性がありうるため、ケアの全ての対象を含んだ包括的な議論は、拡散してわかりづらいものになってしまう危険性がある。本書は、対象や論点をある程度限定し、一貫したテーマで著者の単著として書き上げたことで、「これからの」ケアの一つのあり方を読者にわかりやすく伝えている。また、「地域包括ケア」を主題として考える場合に、地域への「排除/包摂」という論点と密接にかかわる障害者介助という対象は、適切であるといえる。

 第2は、「これからの」ケア論として必要になってくる論点を、新たな枠組みで提示している点である。本書では、前述したケア論と「排除/包摂」の論理の結び付けを含めいくつもの新たな論点が提示されているが、特に私が着目したのは、ケア従事者の「専門職のケア」と「ベースの支援」の区分である。既存のフォーマル・インフォーマルの区分とは異なり、ケアを受ける人との関係性を視野に入れて新たな区分を作り出したことは、今後のケア労働の議論にも貢献をもたらすだろう。特に「ベースの支援」は、著者のオリジナルな概念であり、私たちの日々のケアの経験からしても非常に説得的なものである。これまで、多くのケア従事者が担ってきつつも既存の枠組みではとらえきれなかったケアを、労働として位置付ける重要なものといえる。

 本書では、知的障害者の自立生活支援を念頭において「ベースの支援」を議論しているが、この概念は私の専門である高齢者の在宅介護にも有効であると感じた。私の調査では、高齢者領域で「ベースの支援」を担うことになるホームヘルパーが、利用者の生活世界に応じたケアを試みた時に、単位制労働であるという介護保険制度上の制約によって葛藤をいだくことが明らかになった。つまり、制度的文脈によって、ケア従事者が行える「ベース支援」の範囲や、評価の体系が異なる可能性がある。他方、本書ではケア従事者にとって「専門職のケア」と「ベースの支援」という区分の中で「ベースの支援」が重視されていくというプロセスが描かれているが、家族がケアの与え手となる場合はどうだろう。ケアの必要な人との生活のかかわりとケアの線引きが難しい家族にとっては、むしろ「専門職のケア」の視点が有意義になってくるのではないか。このように新たな論点を端緒として、他の関係性でのケアについても考えることができるのが、本書の魅力の一つである。

 最後の理由は、本書の議論の仕方それ自体が、「これからの」ケア論の参考になる点である。困難な課題に対して安易に解を求めるのではなく、現状考えられるさまざまな可能性を丁寧にたどりながら、粘り強くその一つひとつを検証し、少しでも理解を深めるように議論を進めている。特に第5章の「排除/包摂」の議論の積み重ねは、本書でも引き込まれる部分で、実際に手に取って読んでもらいたい。それぞれの論点に対する真摯で丁寧な姿勢は、明確な指針を持たない新しいシステムである「これからの」ケアを論じる上で重要である。

 一点注文をつけるとすると、タイトルにもなっている「ケア」が本書ではどのように定義がされているのかが、私にはよくわからなかった。ケア論ではケアの定義自体が一つの論点となっており、本書の立場性を示すうえでも定義を明確にした方がよいのではないか。特に「ケアと支援」とよく併記されるが、「支援」と「ケア」(介護・介助などの類義語も含め)とはどのように異なる意味を持つのか。それぞれの具体的な内容が論争的なものだとしても、抽象化して用いるのであれば、類似する用語の概念と用法を明確にする方がわかりやすいと感じた。

 以上、本書の入門書としての優れた点を中心に紹介をしてきた。地域包括ケア化の時代は、ケアの必要な人たちだけでなく、私たち一人ひとりが自分たちの所属する社会におけるケアを考える時代といえる。このような時代において、本書が示す論点は、読者に自分なりの「これからの」ケアを考える契機を与えてくれる。その意味で、本書は一般的な教科書とは異なるが、間違いなく「これからの」ケア論の入門書である。社会学を学ぶ人やケアに関連する仕事をする人だけでなく、さまざまな人々が「これからの」ケアを自分の問題として理解するための恰好の一冊である。

 ***

(1)ここでの地域包括ケアとは、「人びとが、自分たちの生活の場である地域で、包括的な(保健・医療・福祉だけでなく、保育・教育や労働、司法なども含めて)ケアを受けられるような仕組み」(ⅰ頁)を指す。

(2)本書では「排除/包摂」の論理を、ニーズ論のように「その人のため」になされるものではなく、「ただ単に、「その人」を自分たちの一部とみなすかどうか、別の表現を用いれば「私たちと同じ」と考えるかどうか」(26頁)と説明している。

有斐閣 書斎の窓
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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