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川本三郎「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
一九六〇年代の若者の反乱の時代は、これまでさまざまに語られているが、多くは男性主体だった。
窪美澄『トリニティ』は当時、青春を送った三人の女性の物語。イラストレーター、フリーのライター、普通のOL。三人の友情とそれぞれの結婚生活が語られてゆく。
女性の目によってあの激動の時代がよみがえる。非常に新鮮。
村田喜代子はお婆さんを描くのがうまい。年寄りはどこかもう現実離れしていて民話の世界に溶け込んでしまっている。
『飛族(ひぞく)』は九州あたりの離島に住む二人のお婆さんが主人公。九十二歳のイオさんと八十八歳のソメ子さん。二人ともまだ元気。ソメ子さんは海女で海に潜る。
イオさんの娘ウミ子が母親を心配して訪ねてくるが二人ともいまの島の暮しがいちばんと島から離れようとしない。
小さな島が、生と死が溶け合う桃源境に見えてくる。
文芸批評ではなくもう少し柔らかい文学エッセイ。コーズリーというフランス語がある。亡きフランス文学者山田登世子の『女とフィクション』はまさにコーズリーの楽しさがある。
モーパッサン、プルースト、コレットなどが娼婦、水辺、室内、自転車に乗る女学生などのイメージで色彩豊かに語られてゆく。一見、軽い読み物だが、深い教養の裏付けがある。
台湾好きなので台湾本にはなるべく目を通しているが、新井一二三『台湾物語』は出色の台湾案内。
歴史、政治から食べ物、映画までさまざまな台湾が平易な文章で語られている。
通常のガイドブックに飽き足らない人に薦めたい。
戦後の荷風にもいい作品はある。『葛飾土産』は表題の名随筆の他に「にぎり飯」「買出し」などの短篇を収める。石川淳の荷風批判文まであるのに驚く。