【自著を語る】『そのクチコミは効くのか』

レビュー

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そのクチコミは効くのか

『そのクチコミは効くのか』

著者
久保田 進彦 [著]/澁谷 覚 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641165373
発売日
2018/12/15
価格
3,996円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【自著を語る】『そのクチコミは効くのか』

[レビュアー] 久保田進彦(青山学院大学経営学部教授)

1 クチコミが効く

 昨年の暮れに『そのクチコミは効くのか』という本を上梓した。こう申し上げると、読者の中には「妙なタイトルの本だな」と思われる方もいるかもしれない。たしかに「クチコミが効く」というのは、おかしな言い回しである。経営学領域の専門書としても、かつては考えられなかったタイトルであろう。

 国語辞典で「効く」という言葉を引くと、「有効にはたらく」(広辞苑)であるとか、「期待される いい結果が得られる」(新明解国語辞典)といった意味が書かれているので、クチコミが効くということは、クチコミに結果を期待するという意味になる。しかし私たちは、知り合いとのちょっとした会話に何らかの結果を期待するだろうか。よくよく考えてみると、『そのクチコミは効くのか』というのは、おかしなタイトルである。

2 クチコミの原像

 そもそも、なぜ『そのクチコミは効くのか』という、不思議なタイトルを思いついたのだろう。あらためて調べてみると、クチコミという言葉は大宅壮一氏の造語であり、マスコミとの対比から生まれたものらしい。またクチコミに相当する英語であるword of mouthを辞書で引くと、「情報伝達の手段としての口頭によるコミュニケーション」(Oxford living dictionary)とある。これらから分かるように、クチコミとは、本来、小規模で対面的なコミュニケーションであり、通常は知り合い同士で行われるものを意味していた。

 もちろん知り合い同士の会話には、情報伝達的な側面もあれば、娯楽的な側面もある。したがってクチコミの目的は、相手に役立つ情報を伝えるだけでなく、会話を楽しむためでもあるだろう。またときには、自分の知識を自慢するためでもあるかもしれない。このようにクチコミには色々な目的があるが、いずれの場合も、何らかの成果や結果を期待して行われる性格のものではなかったはずである。

 しかしクチコミがマーケティングに活用されるようになることで、その様相は大きく変わった。多くの企業が、消費者同士に会話をさせることで、利益を獲得しようと試み始めたからである。いわゆる「クチコミ・マーケティング」が一般化し、いつのまにかクチコミは、成果や結果が期待されるものとなった。

3 マーケティング・ツールとなったクチコミ

 いまや多くの企業が、消費者のクチコミを、自社の利益のために活用しようと試みている。それが良いことか悪いことかは別として、インターネットの普及とともに、クチコミはマーケティング・ツールの一つとなった。

 それまでの対面的なクチコミと異なり、いわゆるネット・クチコミでは、「見知らぬ他者」との間で情報がやりとりされることが珍しくない。インターネットが普及するまでは接点を持つ可能性が低かった人たちと、容易に情報のやりとりができるようになったのである。こうした変化は、社会的に関係のある者同士の結びつきである「ソーシャルグラフ」の枠を超えて、興味や関心の近い者同士の結びつきである「インタレストグラフ」で盛んにコミュニケーションが行われるようになった、と整理できるだろう。

 もちろんインターネットが普及する以前から、興味や関心の近いもの同士が集い合い、情報交換をすることはあった。しかし実際に会ったことがなく、名前も顔も知らない人との間でコミュニケーションが展開されることは少なかったはずである。たいがいの場合、興味関心が近い人は、(クラブやサークルのような集団を形成することで)社会的にも結びついていた。ところがインターネットが普及すると状況は一変する。興味や関心が近いという理由だけで、名前も、年齢も、住んでいる場所も知らない他者と、コミュニケーションを行うことが珍しくなくなってきたのである。

 こうした「見知らぬ他者」とのコミュニケーションが実現した背景には、いくつか理由がある。まずコミュニケーションのベースとなるプラットフォームが存在しており、これがハブとして機能したことがあげられる。また多くの場合、電話やチャットのような同期的なコミュニケーションでなく、一旦サーバーに蓄えられた情報に対してアクセスする非同期的なコミュニケーションが提供されたこともある。さらにそこでは、書き込みや読み出しといったアクセスが、比較的開放的であったことも重要である。これらの結果として、消費者は、いつでも、どこでも、誰とでもコミュニケーションをすることが可能となった。

 企業がこのような動きに目をつけたことは、いうまでもない。消費者同士の情報交換の範囲が、顔見知り同士から社会全体へとその範囲を大きく広げると、クチコミは消費者全体に影響を及ぼしうるものとなり、企業がマーケティング・ツールとして活用するようになった。「クチコミが効く」という奇妙な表現が生まれてきた背景には、こうした時代的な変化がある。

4 クチコミの疑わしさ

 かつてクチコミは信頼できる情報であった。消費者はテレビ広告や店頭プロモーションを「宣伝」だと認識するのに対して、家族や友人のクチコミを「真実」だと考える傾向が強かったからある。ところが今日では、多くの人がオンライン・クチコミの利便性を享受する一方で、「ネット・クチコミはどこか疑わしい」と感じている。

 ネット・クチコミの疑わしさの理由は、少なくとも2つあるだろう。1つは、「誰が、何のために発言しているのか分からない」という疑わしさである。見知らぬ他者からの情報には嘘が含まれているかもしれないし、あるいは悪意はなくても知識不足から誤った情報が流布されているかもしれない。クチコミ・プラットフォームを介することで、いつでも、誰とでも簡単にコミュニケーションが可能となった半面で、モジュライズされたやり取りが文脈性に乏しい断片的な情報交換をもたらし、ときには誤解を生み出していく。

 もう1つの疑わしさは、「誰かが途中で操作をしているかもしれない」というものである。メールやチャットとは異なり、たいがいのネット・クチコミは、プラットフォームに一旦蓄積された情報である。少し深く考える人ならば、プラットフォームの運営者が自分達に都合の良いクチコミだけを取捨選択していたり、クチコミの内容に修正を加えているかもしないと思うだろう。

 いうまでもなく、これら2つの疑わしさのうち、1つ目は発信者の信憑性に起因するものであり、2つ目はクチコミ・プラットフォームの信憑性に起因するものである。

5 そのクチコミは効くのか

 ネット・クチコミの疑わしさは、消費者にとっても、企業にとっても、困った問題である。消費者はネット・クチコミという使い勝手に優れた情報ツールをせっかく手に入れたのに、その内容を信じられなくなってしまう。また企業も同様に、より良い製品の評判が、一部のユーザだけでなく市場全体に広まる機会を失ってしまう。ネット・クチコミの信憑性について整理や検討をすることは現代の社会において重要なことであり、こうした問題意識が本書の執筆につながった。

 本書は、先に述べた2つ目の疑わしさ、すなわちクチコミ・プラットフォームの信憑性について検討したものである。詳しい内容は、ぜひ本書を手にとってお読みいただきたいが、情報の送り手である消費者でなく、それを媒介するプラットフォームに起因する怪しさや疑わしさについて、議論が展開されている。

 なかでも中心となるのが、「疑念効果」と名づけられた興味深い現象である。「ある条件下では、好ましいクチコミ(肯定的なクチコミ)が増えても、そのブランドの評価が高まらない」というこの現象は、現代のネット・クチコミ全体に関わるものであり、マーケティング戦略から消費者行政に至るまで、幅広い領域に影響を及ぼすと考えられるものである。

 肯定的なクチコミが増えれば評判も良くなるという考えは、きわめて自然である。しかし、もし現実がそうでなければ、クチコミ・プラットフォームを運営している企業の多くは、「そのクチコミは効くのか」と問い直したくなるだろう。

6 本書の特徴

 最後に本書の特徴について、少し説明しておこう。本書の特徴のひとつは、ネット・クチコミの疑わしさという今日的な問題を、きわめてオーソドックスで古典的な理論を用いることで議論した点である。本書において議論のベースとなっている既存研究は、その多くが1950年代~1980年代に発表されたものである。優れた研究は数十年の時を経ても輝きを失わないという事実を、ぜひ大学院生をはじめとする若い研究者に実感して欲しい。

 もうひとつの特徴は、できるだけ記述的な議論を避け、問題の本質について説明しようと心がけた点である。マーケティングや経営学の領域では、それが新しい話題であるほど、事例紹介のような、表面的な議論にとどまることが多いように思える。もちろんそうした現象の記述も重要であるが、本書ではもうすこし深掘りした視点から、骨太な議論を展開したつもりである。

 最新の理論や事例を集めたものではないという点で、本書は派手なものではないかもしれない。しかし本書で展開されている議論は、クチコミに関わる方であれば、誰もが知っておいて損のないものといえるだろう。

 クチコミ・マーケティングの本というと、ついビジネス・パーソン向けと思われがちであるが、それだけでなく、消費者行政や消費者保護に関わる方、そして消費者自身にも役立つ本だと思っている。多くの方に、ぜひ読んでいただきたい。

有斐閣 書斎の窓
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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