• 圓朝
  • 真実の航跡
  • 家康に訊け
  • 救いの森
  • 火付盗賊改

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『圓朝』は、落語の神様も実生活では、芸の上で師匠に嵌(は)められ、弟子は借金まみれ、放蕩息子は掏摸(すり)で逮捕という災難に次々と見舞われる。その中で、「どこもかしこも高座と地続きになってしまう」己の人生に悩まざるを得ない。そのさまが赫赫(かくかく)たる栄光に包まれた彼の人生を淋しく照らす。作者の芸も正にここに極まれり。

『真実の航跡』は、帝国海軍最大の汚点ともいうべき「ビハール号事件」をモデルに、著名な人物ではなく、B、C級戦犯の裁判を描いた異色作。この事件は、帝国海軍が英国商船を撃沈、多くの乗組員を救ったにもかかわらず、一部を除いて六十九人を虐殺したというもの。作者は、これを過去の問題として捉えるのでなく、日本固有の組織的問題や硬直化の根源は、日本の軍隊に求められるのではないのかとし、昨今の各省庁の改ざん問題を引いている。また、どのような結果になろうとも真実は明らかにされねばならないと、その視座はどこまでも真摯である。

『家康に訊け』は、昨年四月に死去した作者の遺作集。歴史エッセイ集と伝奇小説『宇都宮城血風録』が収録されており、正統派歴史小説の多かった作者だけに後者が未完であることが惜しまれる。

『救いの森』は、いじめや虐待、誘拐など、生命の危険が感じられる時に鳴らすと、児童救命士がかけつける「ライフバンド」を義務教育中の子供が腕に装着することを義務づけた児童保護救済法が成立した世界での物語。今日の虐待死や、いじめによる自殺等に対するミステリーからのアプローチであり、いのちの現場に寄り添った作品として共感できる。

『火付盗賊改』は、有名なのは長谷川平蔵ばかりじゃないと、火付盗賊改の活躍・素行・実際等を興味満点に描き出した一巻。

新潮社 週刊新潮
2019年5月2・9日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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