ふたたび蝉(せみ)の声 内村光良(てるよし)著

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ふたたび蝉の声

『ふたたび蝉の声』

著者
内村 光良 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093865357
発売日
2019/03/01
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ふたたび蝉(せみ)の声 内村光良(てるよし)著

[レビュアー] 志駕晃(作家)

◆50代男が人生で気づいたこと

 二年連続で紅白歌合戦の総合司会を務めたばかりか、今放送中の“朝ドラ”の語りにまで進出している人気タレントの内村光良が、また小説を書いたという。どんな仕掛けのある小説なのかと思い、読み進めたが、予想はいい意味で裏切られた。これは芸能人の内村でなく、五十代の中年男内村が書いた小説だった。

 五十歳を目前にした主人公の役者・会沢(あいざわ)進が、老いていく両親や成長する子供、必ずしも順調ではない人生を歩む姉や友人たちと織りなす人間ドラマだ。五十歳という年齢は、サラリーマンならば会社での自分の将来が想像できてしまい、家庭では子育ても一段落を迎え、ちょっとした寂しさから中学や高校の同窓会をやりたくなる頃でもある。

 私は内村と同じ五十代で、二十代の頃はラジオ番組『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』の担当ディレクターとして週に一度は一緒に仕事をしていた。「ウッチャンナンチャン」でデビューした当時のコントを見た時から、私は彼を「気付きの天才」だと思っていた。この小説には五十歳を過ぎたそんな内村の「気付き」が至るところに散りばめられている。

 特に自分があと何年生きられるかを気付かされたのはショックだった。他にも親の老後や病気、一番近いはずの妻との関係、今後の仕事や家族の在り方。他の作家があまり気付かなかったかもしれないこの年代特有の漠然とした不安と寂寥(せきりょう)、そして希望がしっかりと描かれている。

 登場人物の人間模様が互いに影響しあい、そのコントラストが時に哀(かな)しく時に厳しく表現されているが、根底にそこはかとない優しさを感じさせるのも、内村の人柄を彷彿(ほうふつ)させる。さらにこの世代が生きてきた世相や文化を、彼がどう感じていたかも知ることができて楽しかった。

 ぜひこの本を五十歳前後の方に読んでいただきたい。すると、忙しい日々の中で立ち止まり、毎日を大切に生きようと思えるのではないだろうか。私は主人公の十年後、二十年後の物語も、同じ年を経て読んでみたいと思った。

(小学館・1728円)

1964年生まれ。バラエティー番組などで活躍。小説に『アキオが走る』など。

◆もう1冊 

内村光良著『金メダル男』(中公文庫)。1番を目指し続けるエンタメ小説。

中日新聞 東京新聞
2019年5月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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