劣等感に襲われたとき、どうする? マーケターが娘に向けたアドバイス

レビュー

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苦しかったときの話をしようか

『苦しかったときの話をしようか』

著者
森岡 毅 [著]
出版社
ダイヤモンド社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784478107829
発売日
2019/04/12
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

劣等感に襲われたとき、どうする? マーケターが娘に向けたアドバイス

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

サブタイトルからも推測できるように、『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(森岡 毅著、ダイヤモンド社)はもともと、プライベートな事情のなかから生まれたもの。

マーケターである著者が、将来について「なにがしたいのかわからない」と悩む娘の姿を見て、「将来や仕事のことを考える際のフレームワークを書き出しておこう」と考え、書きためた原稿が軸になっているというのです。

ところどころに激しい表現や、身内以外にはわかりにくい表現や事例などが含まれているのはそのせい。

しかし必要以上に修正せず、なるべくそのままのかたちで残すことにしたのだといいます。

なぜなら修正して取り繕った「よそ行き」のキャリア論にしてしまうと、伝わる力が弱くなってしまうと考えたから。

学者でもなく、評論家でもなく、マーケターでもなく、私は父親としてそれらの原稿を書いた。

ビジネスの最前線で生きてきた実務家としての私ならではの視点を、子供の成功を願う父親の執念で書き出したのだ。

その生々しさこそが本書のレアな“特徴”だと信じることにした。 (「はじめに 残酷な世界の“希望”とは何か?」より)

原稿を書くうえで一貫させたのは、できるだけ“本質的”であろうとするアプローチ。現実を見極め、正しい選択をすることで、人は目的に近づくことができるからだといいです。

そしてそのために重要なのは、さまざまな現実を生み出している“構造”を明らかにすること。

キャリアにまつわる世界も、“構造”によって生み出された“残酷な真実”に満ちているからこそ、“残酷な世界”と向き合って、自分はどう生きていくのかを考える必要があるということです。

本書で説いているのは、「神様のサイコロで決まった“もって生まれたもの”を、どうやってよりよく知り、どうやって最大限に活かし、どうやってそれぞれの目的を達成するのか?」ということに他らない。(「はじめに 残酷な世界の“希望”とは何か?」より)

第5章「苦しかったときの話をしようか」のなかから、「劣等感に襲われるとき」というタイトルがつけられたトピックを抜き出してみたいと思います。

電話が取れなくなった過去

最初の就職先であるP&Gに入ってから2年目の夏、著者は物理的に電話が取れなくなったのだそうです。

電話が鳴るとドキドキし、頭が真っ白の思考停止状態になって、汗が出て、電話を取ろうとしても手が動かなかったというのです。

いま振り返ってみればその理由を理解できるものの、当時は本当にわけがわからなかったのだといいます。それまでの人生もそれなりに劇的ではあったとはいえ、そんな不思議なことになったのは人生で初めてのことだったから。

しかしその原因は、仕事の環境にあったようです。

私はP&Gという会社のマーケティング本部を選んで入った。

しかし、周囲を見ると、先輩はスーパーマンだらけ、他部署の同僚も凄いプロが一杯、極めつけは同期入社やその前後まで皆が明らかに優秀。360度が超絶に賢く輝いて見える!(216ページより)

それ以前の人生でそこまで能力の高い集団に属したことはなかったという著者は、新入社員としての業務の大半を苦手なものとして感じたそうです。

たとえば定量データの分析は得意でも、女性に好かれるかわいいデザインのパッケージを開発するとか、リンス効果を実感するシズル感のあるコピーを考えるというようなことについては、よくわからなかったというのです。

なぜならそれまでの人生で、パッケージのかわいさとか、シャンプーのことなどを気にしたことなどなかったから。

多くのマーケターが早く仕事を回せるのは、感覚的にアタリをつけ、“ファジー”を上手に乗り越えられるから

ところがそのセンスがなかったため、先輩の真似をしてもしっくりくる解答にたどり着けなかったというのです。

そんななか、さまざまなプロジェクトの期日がどんどん迫ってくるのに、ロクな提案を生み出せないため、上司はもちろん他部署からも怒られることに。

プロの集団では全員が結果を出すために取り組んでいるので、不注意や不作為にも容赦なし。

ましてや新人かどうかなど関係ないので、電話が鳴るたびに厳しく指導されたというわけです。(216ページより)

壊れそうになったとき上司に相談

もうひとつ災いしたことは、最初の上司の仕事のスタイルが自分とは大きく違っていたこと。上司は「ミスター・セブン-イレブン」と異名をとるほど、朝から夜遅くまで強く働くハードワーク・スタイル。

休日出勤も頻繁にこなし、土曜日に自宅へ連絡してくることも頻繁にあったのだそうです。そのため社会人になりたてだった著者も、疑問を持たずに彼と同じサイクルで働くようになったのだといいます。

そんな生活を続けるとこのようになっていく……。目を開けると、とにかく急いで支度をして会社に行く。モティベーションは高いのでその上司よりも早く出社して仕事に備えるのだ。

そして日中はずっと自分ができないということを自分自身でまざまざと実感し、上司に鋭く指摘され、同僚にがっかりされ、周囲からの怒りの電話と向き合う。

自分自身の作業時間が確保できるのは、皆が帰る19時くらいからだ。もちろんハードワークの上司も残っている。(219ページより)

猛烈に働いて終電に飛び乗り、日付を越えてから帰宅。最低限のことだけをしてベッドに崩れ、目をさましたら急いで会社へ。

目を閉じて開けると会社、目を閉じて開けると会社…そんな毎日が続いたわけです。

その結果、疲れているのに、少ない睡眠時間でさえ熟睡できず、会社で鳴る電話の音にドキドキするようになってきたというのです。

そしてとうとう、電話を取ろうとする手が動かなくなって自分が故障していることを理解し、決死の覚悟で上司にお願いしたのだそうです。

「自分は粘り強く長時間働くのが性に合っておらず、仕事とプライベートのオンとオフを明確に区分けし、働くときは時間を決めて集中して働きたい」と。

上司の真似をして残業や休日出勤もがんばってきたものの、体調がおかしくなってきたことも伝えたのだといいます。

すると上司から返ってきたのは、「うん、もちろんだよ。自分に合ったスタイルで働かないと、仕事自体はきついのだから身体がもたないよ。なんだ、君も僕と似たスタイルなのだと思っていた。どうしてもっと早く言わなかったの?」という静かな反応。

そこで以後は、自分にどのような働き方が合っているのかを考え、自分のスタイルを転換したのだそうです。

どこに焦点を絞って働けば最小の努力で最大の成果が上がるか?

これを考えるのが好きで得意だった私は、依頼された仕事の中から、本当にビジネスに影響を与えるより重要な課題の3割を選んでそれに集中し、残りの7割は捨てる、そういう働き方に変えたのだ。

(中略)また、残業は絶対しないという覚悟のもとで、1分の集中力にこだわる働き方に変えた。(222ページより)

その結果、総合的なパフォーマンスは徐々に向上していき、よく眠れるようになったのだといいます。(218ページより)

新人デビューとは?

しかしいまでも、電話が苦手であることには変わりがないようです。電話が鳴ると瞬間的にブルーな気分になるというのです。

つまり著者にとって、電話の着信音は当時の苦しさを思い出させる「鍵刺激」だということ。

仕事に追い回され、深まる劣等感のなかで自分の周囲だけが輝いて見えた、惨めだった社会人デビューの感情が呼び起こされるのだろうと自己分析しています。

社会人デビューとは何か?

それまでの集団でそれなりにできていた自分が、新しい集団の中では一番できない人間になること、とも言えるのではないだろうか。心の準備と覚悟がいるのは、そのギャップが巻き起こす衝撃と不安と苦しさに対してではなかろうか。

むしろ雑草育ちの私よりも、高偏差値の学校を勝ち抜いて来た学業秀材の人であればあるほどギャップは大きいだろう。

トレーニングや人材育成に定評があった当時のP&Gでさえ、少なくない数の新人が「できない自分」を乗り越えられずに潰れていった。会社に出て来られなくなった。心を病んだ、何らかの理由をつけて退職していった。

それらの大半の原因は「できない自分」との向き合い方がわからなかったからだと思う。(225~226ページより)

同じような採用基準で一定のレベルに達していると判断された「同程度の能力(あるいはそれ以上の人材)」が集まって母集団を形成しているのですから、それは当然の話。

しかも数年先を行く先輩も能力をどんどん伸ばして行くわけなので、新人との能力の差も必然的に大きくなります。

つまり新人デビュー直後、自分が相対的に「いちばんできない人間」になることは、誰にとっても避けられないことなのです。

だからこそ、潰れないためには最初から肩の力を抜き、最後尾からスタートする自分をあらかじめイメージして受け入れておくべきだと著者は主張しています。

そこから本当の努力を積み重ねられる自分であるかどうか、そのことを問える自分であればいいとも。

「できない自分」ではなく、「成長する自分」として、自分だけは自分自身を大いに認めるべきだという考え方。そうすれば苦しくても、心が壊れる前にきっと相応の実力は追いついてくるもの。

追いついて追い越すだけの「時間」を、枯れないで歩き続けさえすれば、自然の摂理どおりにいずれ目は出てくるということです。

みんな、最初は新人だった。大丈夫、貪欲に学ぶ姿勢と、数年に満たない時間がきっと解決する。

これから就職する君にも、そしていつか転職して新たな環境に飛び込むときにも、多くの人が何とかなったように君もきっと何とかなくことをよく覚えておいて欲しい。長い旅の最初の一歩をしっかりと踏み出すために。(227ページより)

このことばには、新人から中堅まで、多くのビジネスパーソンの心に訴えかける力があるのではないでしょうか?(225ページより)

目に見えない内面には、外見以上の特徴の“差”がついて人は生まれてくるもの。

しかし、どのような特徴を持って生まれてきたとしても、人生の目的も、それに向かう道筋も、自分の人生をコントロールする“選択肢”を握っているのは自分だけ。

著者は、ひとりでも多くの人に、そのことに気づいてほしいと願っているのだそうです。

Photo: 印南敦史

Source: ダイヤモンド社

メディアジーン lifehacker
2019年4月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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