ハバナ零年…カルラ・スアレス著 共和国

レビュー

6
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ハバナ零年

『ハバナ零年』

著者
カルラ・スアレス [著]/久野 量一 [訳]
出版社
共和国
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784907986537
発売日
2019/02/28
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ハバナ零年…カルラ・スアレス著 共和国

[レビュアー] 岸本佐知子(翻訳家)

 電話の発明者はベルじゃないって、知っていましたか? 実はベルが特許を取るより早く、イタリア人メウッチがキューバで電話を発明していたのだ。本書はまだその事実が証明される前のキューバで、メウッチが残したとされる直筆の文書のありかをめぐって繰り広げられる、ミステリ仕立ての群像劇だ。

 もしその文書が見つかれば世紀の大発見。ある者は名声のため、ある者は執筆中の小説のため、またある者は単に金のために、何とかして文書を手に入れようと目論(もくろ)む。物語はその一人、数学者のジュリアを探偵役に進行するが、出てくる人の証言がことごとく食い違う。いったい誰の話が本当で、文書はどこにあるのか。

 謎解きの合間合間に語られる発明家メウッチの波瀾(はらん)万丈の生涯がまた面白い。このメウッチさん、エジソン並みの天才なのに、とにかく運と商才がゼロで、たったの十ドルの登記料が払えずに、まんまとベルに特許権を取られてしまう。病気の妻の部屋と自室を、自作の電話で結んでいたというエピソードが泣かせる。

 タイトルの「零年」とは、物語の舞台、キューバ経済がどん底に落ちた一九九三年のこと。食べ物は豆とパンだけ、停電・断水はしょっちゅうで、皮肉なことに電話もほとんど通じない。だが不思議と登場人物たちにみじめさはない。生のエネルギーそのもののように活(い)き活きしている。ジュリアは言う。<わたしたちの生活は文書のまわりを回っていた。ほかに何もなかったからだ>。何もない空っぽの国で、人々がただ笑い、セックスし、夢を見る、それが九三年のハバナだった。人物たちがメウッチ文書に取りつかれたのは、それが物質化した夢そのものだったからに他ならない。

 作者のスアレスは電子工学者の顔も持ち、“フラクタル構造”や“カオス理論”など、数学用語がちょくちょく顔を出す。キューバ文学、何だか面白いことになっている。久野量一訳。

読売新聞
2019年4月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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