【聞きたい。】谷崎由依さん 『藁の王』 学生と教師が迷う「小説の森」

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藁の王

『藁の王』

著者
谷崎由依 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103523710
発売日
2018/03/29
価格
1,980円(税込)

【聞きたい。】谷崎由依さん 『藁の王』 学生と教師が迷う「小説の森」

[文] 海老沢類(産経新聞社)

谷崎由依さん
谷崎由依さん

 小説を執筆する傍ら、4年前から近畿大の文芸学部で創作を教える。4編からなる本書の表題作は、その教員体験を基に紡がれた。

 「あまり社会と接点なく暮らしてきたから、いきなり外海に放り出された感じでした(笑)。自分一人の営みだった『書く』という行為そのものを他人と共有する日々で感じたことを、何かの形にできたらなと」

 作家デビュー後の著作は絶版となった一冊だけ。そんな語り手「わたし」が関西の私立大で創作クラスを受けもつ。小説への熱量も目標もばらばらな教え子たちの悩みに耳を傾ける日々。久々に夫と会えば政治の話で衝突する始末で、自らの小説の執筆は行き詰まる。書くことの意味に思い悩む学生とともに、いつしか「わたし」も小説の深い森に迷い込んでいる。

 「なぜ、誰に向けて書くのか?-。読ませるためじゃない文章を書いていた学生時代、自分もよく考えていたんです」。印象に残るのは、この世に実在しない人に向けてノート100冊分もの文章をつづる女子学生の姿だ。文化人類学の古典『金枝篇』にある“王殺し”の逸話を重ね、教師と学生、言葉の送り手と受け手…といった関係性が揺らぐさまを精緻に描く。

 「140人を前にした大教室の授業もあるけれど、自分の言葉がどう届いているのかは分からない。漠然と感じていた意志を発する主体の不確かさが、教壇に立つことで増幅されて見えてきたんですよね。言葉を発することの不思議さや難しさが、面白くもあり辛(つら)いと感じることもある」

 短編集『鏡のなかのアジア』で今年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。英米小説の翻訳も多く手がける。「訳すたびに『小説にはこんな可能性もあるんだ』と気づかされる」。不思議な幻想性をたたえた物語の種が、そうやって生まれていく。(新潮社・1800円+税)

 海老沢類

   ◇

【プロフィル】谷崎由依

 たにざき・ゆい 昭和53年、福井県生まれ。平成19年に「舞い落ちる村」で文学界新人賞を受けてデビュー。著書に『囚(とら)われの島』、訳書にジェニファー・イーガン著『ならずものがやってくる』など。

産経新聞
2019年5月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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