髭男爵・山田ルイ53世と推理作家・芦沢央が、当たり障りのない美談が偏重される世間に物申す

対談・鼎談

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火のないところに煙は

『火のないところに煙は』

著者
芦沢 央 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103500827
発売日
2018/06/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

生きづらさ、上等! 「めでたし、めでたし」で終わらない私たちのリアル

[文] 新潮社

山田ルイ53世と芦沢央
山田ルイ53世と芦沢央

一世を風靡した芸人たちに自ら取材したルポタージュ『一発屋芸人列伝』が「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞し、新刊エッセイ『一発屋芸人の不本意な日常』も好評の髭男爵・山田ルイ53世と、まるで実話怪談のようなリアリティーに「怖すぎる」と話題になり、本年度の山本周五郎賞にもノミネートされた『火のないところに煙は』の著者・芦沢央。ともにベストセラーを生んだ二人の著者が、当たり障りのない美談が偏重される世間に物申す!

髭男爵・山田ルイ53世
髭男爵・山田ルイ53世

「お客様を裏切ってナンボ」の商売

山田 『火のないところに煙は』、最近読んだ本の中で、一番面白かったですよ! 僕が『一発屋芸人列伝』を刊行したとき、「新潮社出版部文芸」(@Shincho_Bungei)アカウントをフォローさせてもらったんですが、一時期狂ったようにこの本の話題をツイートしていて、「なんだ、これは?」と気になって(笑)。

芦沢 ありがとうございます。お声掛けいただけて、とても嬉しかったです。

山田 どこまでが事実かフィクションか分からなくて、読み終わっても逃げられないような怖さがありました。小説の中のものだと思っていた恐怖が、急に自分の近くに転送されてくる感じがたまらなくゾクゾクしました。僕がもうちょっと人気者だったら、このコメントで5倍ぐらい売れるのに!

芦沢 発売前に書店さんにゲラ刷りを送ったら、「(怖すぎて)お店に置きたくないので、注文しません」というFAXが届いたりして、てちょっとやり過ぎたかと心配していました。山田さんはミステリ小説がお好きなんですか?

山田 スティーブン・キングの『ニードフルシングス』や小野不由美さんの作品が昔から好きで……。

芦沢 私もです! 私のデビュー作『罪の余白』は、『ニードフルシングス』に影響されて書いた部分もあります。日常の中にある、ささやかな悪意や猜疑心が少しずつ積み重なっていってうねりになっていく――という構造にグッときて。

山田 あぁ、6月に文庫化される『許されようとは思いません』にも、まさしくそういう話がありましたね。あれも怖かった。芦沢さんの作品には、もし主人公が自分でも、恐ろしい事態に巻き込まれるのを回避できないだろうな、という気になってしまう恐怖があります。

芦沢 そこが一番の目標だったので嬉しいです。怖い小説って、「自分だったらこんなことしない」と読者に思われたら終わりだと思うんです。

山田 シルクハット芸人が言うのもおこがましいですが、笑いっていうのは、いかにお客さんの予想を裏切ったボケを披露するかが大事。想像をどんどん裏切っていくという意味では、ものすごく怖い小説とものすごく面白い漫才って似ていますね。

芦沢 確かにそうですね。私、髯男爵の漫才の「事情が変わった。」が大好きなんですよ。「今回はここで来たか!」って毎回裏切られる。

山田 そこほめてくれる人、あんまりいないですよ。こんなすごいミステリーを書く芦沢さんを裏切ることができたなら嬉しいですね。

芦沢 山田さんの新刊『一発屋芸人の不本意な日常』では、伏線(のちに重要になる出来事を、前もってほのめかしておく手法)の回収の仕方が絶妙で、読んでいてとても気持ちがよかったです。

山田 試合開催地のごみを拾って帰ってきて世界から賞賛されたサッカーの日本人サポーターばりに伏線を全部拾ってくる芦沢さんにそう言っていただけて恐縮です(笑)。オチでネタを回収するというのは、芸人のサガみたいなものですよ。

芦沢 回収の仕方に愛があるのがまた素敵で。『一発屋芸人列伝』でも感じたのですが、それぞれの芸人さんを紹介するのに、その芸人さんならではの言い回しやフレーズを使っているんですよね。相手への敬意と愛を感じました。

山田 ありがとうございます。

芦沢 「あの頃があったから、今の自分がある」的な美談にできるのに、あえてそうしないのにも、愛を感じました。人生はその後もずっと続いていくのだと誰よりもわかっている山田さんだからこそのまなざしというか。美談にするほうが落ち着くという人もいると思うのですが、私は、それでは思考停止というか、それ以上深くには進めないと思うんです。

山田 「めでたし、めでたし」では終わらないのが、僕たちのリアルですから。かなり厳しいことも書いたのに、インタビューさせてくれた芸人が、誰一人、原稿を直してくれと言ってこなかったことがうれしかった。芸人って、かっこいいなと思いました。あ、原稿読んでないだけかも(笑)。

芦沢央
芦沢央

「当事者意識」が共有されてしまう違和感

芦沢 芸人さんたちをインタビューする際に、気をつけたことはありますか?

山田 自分も同じ一発屋なので、「傷の舐め合いにならない」ことですかね。バラエティー番組でよくやるような、テッパンの自虐ネタはやめてください、とお願いしました。あとは、「自分が聞かれて嫌なことは聞かない」。「新キャラ、ないですか?」とかね(笑)。ここ10年ぐらい、囲み取材で絶対「新キャラ、ないですか?」って聞いてくるベテランの記者さんがいるのですが、『一発屋芸人の不本意な日常』刊行記念イベントの囲み取材にも、やっぱり来ましたね。「あなたのこと、エッセイに書いてますよー」って、逆にテンションあがりました。しかも、その件を当人にしたところで来た質問が、「で、新キャラないですか?」(笑)。

芦沢 かぶせてきましたか!

山田 そんで、ウケてもすべっても、翌日の新聞には「すべった」って書かれるんですよ。そんな決まりきった紹介の仕方しかインタビュアーに思いつかせることができない自分が悲しくて……。

芦沢 インタビューで必ず聞かれる“テンプレ質問”、ありますね。私の場合は、「この物語は実体験ですか?」が多いです(笑)。母親がギリギリのところに立たされてしまう物語を多く書いているのですが、「この人は実際に子育てをしているから、説得力がある」って書かれてしまうと、それはもう、創作の負けだと思うんです。

山田 みんな、分かりやすい理由を見つけて納得したいんでしょうね。僕も、本を出すと「さぞかし小さいころから読書家だったんでしょうね」とよく言われます。芸人が本を出す理由が、そこしか思いつかないんだろうな。自分たちの頭にある価値観で整理しようとする。自分ちの冷蔵庫にある材料で作った料理が一番うまいと思ってるんですよ(笑)。

芦沢 そこから登場人物と著者を同一化されることを逆手に取ろうと挑戦したのが『火のないところに煙は』のモキュメンタリー(虚構の出来事をドキュメンタリー的手法で紹介すること)という手法です。

山田 意趣返しですね。

芦沢 エッセイ集のお話に戻ると、『ヒキコモリ漂流記』で描かれる山田さんのお子さんとのエピソードに号泣しちゃいました。「娘が生まれたことで、『人生が余った』という感覚は完全になくなった」という一文でぶわっときてしまって。でも、「自分が親になって、初めて親の気持ちがわかった」的な美談に……はやっぱり収めないんですよね(笑)。

山田 お笑い芸人って、収めるべきとことに収まるのが恥ずかしいって思っちゃうところがあると思うんですよ。

芦沢 収めるべきところに収めようとすることが、より人を生きづらくさせることもあるんじゃないかと思います。私は、その生きづらさに興味があるんです。ミステリー小説を書いているので、人が死んだり、大変な目にあうような展開をたくさん考えていますが、不幸な話を書きたいと思ったことは一度もないんですよ。不幸なニュースを見ると、悲しい気持ちになりますし。

山田 誰も、そこ疑ってませんよ(笑)。

芦沢 なんでもない一言に、すごく傷ついてしまうことってあるじゃないですか。世間的には正しかったり、優しかったりする言葉が、逆に人を追い詰めてしまうこともあると思うんです。その生きづらさが書きたくって、結果嫌な話ばかりになっているという……(笑)。道を踏み外す人、とんでもない事件を起こす人が、“特別”とは限らない。ごく普通の人が、悪さというよりは弱さから、選択肢を間違っていてしまう……というところに興味があります。

山田 小さな選択肢の積み重ねでも、気が付くと自分が思っていた道と乖離している……僕も芸人始めたころは、まさかシルクハットをかぶっているとは思いませんでしたよ(笑)。「自分は、ルックスで勝負するタイプじゃないな」、「何かインパクトのある小道具ないかな」……といった選択を積み重ねて今の自分があるんですね。思えば遠くに来たものです(笑)。一発屋芸人って、ナチュラルに世間から見下されているところがあると思います。雑な扱い方をされたりすると、たぶんその人も自覚ナシに嫌な態度をとっているんだろうなぁ、と。一発屋芸人になってよかったことは、その見下されている視線を感じられることですね。『~不本意な日常』では、そういう人たちの観察日記という側面もあります。最近のネットリテラシーを問いたい気分もありました。

芦沢 誰かを批判することの快感って中毒性があるらしいですね。

山田 ほとんどの人にとって、どんなジャンルでも頂点に立つことってあまりないじゃないですか。だから、一度高いところに立った人間が転がり落ちるときに発生する運動量……。

山田・芦沢 位置エネルギー!(物体が「ある位置」にあることで蓄えられるエネルギーのこと。高さが高いほど大きなエネルギーを持つ)――ハモった!(笑)

山田 みんな、それに飢えてるんですよ。スポーツ選手を見て「元気をもらいました」とか、よくツイッターのコメントにありますが、他人から勝手に元気を取るなと言いたい(笑)。他人の状況を自分と重ね合わせたり、他人の感情に寄り添ったりし過ぎでしょ。それはよくないと思います。

芦沢 みんな「当事者」になりたがっている印象を受けますよね。山田さんのエッセイを拝読すると、自分も気をつけなきゃいけないな、と思います。いま、その「当事者」性の違和感みたいなものに興味があって、次の新刊ではそのあたりもテーマになっています。例えば、震災の直後に、津波を連想させる表現が「不謹慎」であるとされましたが、その表現者が被災者の方だったら、また違う評価になったりする。さっきのインタビューの話もそうですが、「この物語は、あなたの実体験ですか?」という質問には、「だったらいいんですけど」っていう思いが含まれているように思います。創作物を評価するときに、現実のその人の状況、「当事者」だったら言う資格がある、という考え方への違和感を、小説に詰め込みました。

山田 必ず買って読みます。刊行はいつですか?

芦沢 6月を目指しています。それこそ、「事情が変わった」ということもあり得ますが(笑)。(芦沢註:事情が変わりました……8月刊予定です)

山田 僕も、もし担当編集者さんに猛烈にお願いされたら、小説を書いてみたいと思っています。

芦沢 私は編集者ではないですが、ぜひお願いしたいです!

山田 芦沢さんが『火のない~』でやったモキュメンタリー形式が面白かったので、参考にしたいですね。登場人物が一発屋芸人ばっかりだったらすいません(笑)。

 ***

 最後に芦沢さんの著書『火のないところに煙は』が山本周五郎賞にノミネートしたことを受けて、山田さんからお祝いのコメントをいただいた。

山田 芦沢さんより先に死にたくないなと思っている一読者です。自分がこの世を去った後に、新作が出て、読み損ねるのが嫌だからです。山本周五郎賞ノミネートおめでとうございます。正直、僕は、賞を取ったりして、今以上に評判になってしまうことをあまり歓迎しておりません。老夫婦が営む街の小さな本屋で、棚の端っこの方に突っ込まれている本作を中身もよく分からずなんとなく手に取り、夜中一人で読む……というシチュエーションが望ましい。大きな書店で、平積みになど決してしてほしくないのです。受賞前に『火のないところに煙は』の世界を味わえた僕は幸せ者。ちなみに、昨年、自分が書いた本の宣伝で、都内の書店回りをしている際に出合い、サイン本作りをほったらかして、即買いしました。まあ、そのとき既に山ほど平積みにはされていましたが……。

新潮社
2019年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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