父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。 ヤニス・バルファキス著

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父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。 ヤニス・バルファキス著

[レビュアー] 小西徳應(明治大教授)

◆政治、社会を理解するために

 「政治を解せずして経済を分からず、経済を分からずして政治を解せず」

 これは私が勤務する大学の政治経済学部が掲げている創立理念で、官僚、国会議員などを歴任した初代の学部長が百年ほど前に唱えたスローガンだ。社会を理解するには、政治と経済の両方をわかる必要があるとうたったものだ。

 本書は、海外に離れて暮らす十代半ばの娘に向けて父親が平易に経済の話をする形をとって、社会と経済の変転を歴史的に説き起こし、いま世の中に起こっている事象(政治)を説明している。経済問題に焦点を当てて具体的に解説することで、政治と社会までをわからせる狙いである。

 グローバルな視点から、全世界で同時に発生している今日の諸問題を対象にして、ギリシャ悲劇、小説や映画、フランケンシュタインの話やイースター島のモアイ像などをたとえ話として用いて解説している。

 父親役の著者は、世界的に注目された二〇一〇年に始まるギリシャ危機のさなかに同国の財務大臣を務めた経済学者で、大臣就任以前はいくつもの国で教鞭(きょうべん)をとった。

 経済は多くの分野・事柄と関係しており、膨大な研究が存在するうえに難解な専門用語が多い。一冊で広範囲にわたる経済全体を日常語で説明することは容易ではない。本書が優れているのは、財政破綻したギリシャに焦点を当て、破綻に至った理由、なぜ問題解決に容易に向かえなかったのかを説明している点だといえよう。実例を踏まえているだけにわかりやすい。

 しかも、そうした特定の状況を対象にしたものと明言せずに、経済・社会問題全般を説明している。国家の機能、金融の役割とその変化、税金、中央銀行の機能と政治家との関係、仮想通貨と多国籍企業、開発と環境問題など、多岐にわたる言及もある。

 そうした説明の根底に一貫して存在しているのは、銀行や多国籍企業への不信と、市場社会が目指す「欲望充足への警鐘」である。経済学だけでは対処できない事柄だ。その視点が一段と説得力を持つ。

(関美和訳、ダイヤモンド社・1620円)

アテネ大教授。著書『そして弱者は困窮する』(未邦訳)など。

◆もう1冊

小塩(おしお)隆士著『高校生のための経済学入門』(ちくま新書)

中日新聞 東京新聞
2019年5月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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