『スターバックス流 最高の育て方』
書籍情報:openBD
スターバックス流の考え方。組織と従業員は信頼関係で結ばれている
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『スターバックス流 最高の育て方』(毛利英昭 著、総合法令出版)は、2005年4月に発刊された『勝ち組の人材マネジメント―スターバックス急成長を支える自律型組織に学ぶ』の増補改訂版。
14年もの歳月を経ているわけですが、改めて世に出したことには理由があるのだそうです。
実は、今でも当時の本を片手に、私を尋ねてくださる方がいます。
会社を変えようと業務改革に挑む建設会社の方。「こんな組織を作りたいと思っている」と、付箋だらけの本を片手に尋ねて下さった経営者の方。本書の内容に共感して参考にして頂いている方がまだいらっしゃる。
それならもう一度、陽の目を見させてやろう。そう思った次第です。(「はじめに」より)
でも、なぜスターバックスには他業種をも惹きつける魅力があるのでしょうか?
そのポイントは、「指示命令型」と「自律型」に大別される流通サービス行における人材マネジメントのあり方だと著者は指摘しています。
いうまでもなく「指示命令型」とは、「なにをすべきか」という方針や「どのようにすべきか」という方法論をトップから末端へ指示して進めるやり方です。
一方、スターバックスは「自律型」。
あえてマニュアルをつくらず現場のパートナーの自主的な判断に任せる運営を行うことで、顧客の多様性に対応する仕組みをとり、従来のチェーン店とはまったく違ったシステムをつくり上げているということです。
こうした基本を踏まえたうえで、きょうは第3部「透明性と納得性の高い制度を作る」内の第7章「スターバックス流の考え方」に焦点を当ててみたいと思います。
人間関係によって結ばれた組織
結束力の強い組織とは、信頼関係によってしっかり結ばれている組織。
逆にいえば、ヒエラルキー型の組織のなか、年功序列でポストが与えられ、終身雇用制度に守られるということが組織を維持する力となっているような時代は終わりつつあるということです。
したがってこれからは、お互いに尊敬し信頼し合う人間関係によって結束力を高めた組織、そして人間同士の相互補完によって組織的能力を高めていくような組織づくりが求められてくるのではないかと著者は記しています。
すなわち、それこそがスターバックスが目指す組織のありかた。
なお、こうした人間関係を大切にする組織運営のベースになっているのは、コーチングの手法である「コンピテンシー」という考え方なのだといいます。
スターバックスコーヒージャパンの人事制度は、存在意義や価値観を表すミッションステートメントを最上位に掲げ、それをブレークダウンしたコンピテンシーを中心に据えているのだそうです。
そうして、評価制度や人材開発などすべての人事制度が組み立てられているということ。そして、その柱としては、4つの基本的な考え方が示されているのだとか。
少し長いですが、引用しておきましょう。
(1) Employer of Choiceとなるための仕組み作り 働きやすく魅力的な職場環境を作り上げ、働く人に選ばれる会社となるように人材マネジメントシステムを築くことを表しています。
顧客価値の最大化をもたらすためには、顧客満足度を高める努力が必要ですが、顧客にそれだけの価値を提供するのは生き生きとしたパートナーであり、彼らを迎え入れ育てあげる仕組みを考えようということです。
(2) Pay for Fairnessを実践するという考え方 期待される成果を明確にし、それを正しく評価し、処遇する仕組みを構築することです。
ケーススタディによる評価者の研修を徹底的に行い公平な評価を行います。
(3) Psychological Benefitを創出する組織マネジメント 従業員の処遇は経済的な安定だけでなく、精神的に安心して働ける環境も提供する、人に優しい企業となることを目指しています。
(4) Mission Managementを可能にする 企業価値を継続的に高めていくためにも、人事処遇の軸がぶれないようにするためにも、ミッションを基軸に人事諸制度を含めた社内のシステムを構築していきます。
(出典:神戸大学大学院経営学研究科社会人MBAコース・ビジネスシステム応用研究ミニプロジェクト発表会資料)
(以上161~162ページより)
スターバックスではこのように、常に人を中心に据えた考え方を基盤としているということ。
ここからパートナーの成長を促す人材育成制度や評価制度がつくられ、納得性の高い報酬制度に結びついた人事制度が構築されているというわけです。
いわば、「会社は従業員を大切にしている」というメッセージを諸制度のなかに取り入れることにより、従業員は会社の思いを感じ、ミッションを理解し、ミッションに沿って行動するという好循環が生まれているのです。(160ページより)
人を大切に育てる
スターバックスでは、「どのような人になってほしいのか」「どのようなスキルを持つ人を育てるのか」など、人材開発における基準としてコンピテンシーを置いているのだそうです。
また採用の段階でもコンピテンシーが生かされ、採用基準となる人物像にもコンピテンシーが色濃く反映されているといいます。
採用から育成、評価、異動など人事のすべてにコンピテンシーがベースとして組み込まれているため、人を育てる場合にも基軸がぶれることはないのです。
そんなスターバックスでは、一緒に働くパートナーこそが、第一に考えるべき大切なステークホルダーであると位置づけ、社員とアルバイトの区別なく対応しているそうです。
たとえば、組織のコミットメントを高めることに大きく貢献したと言われているのが、ストックオプション制度(スターバックスでは「ビーンストック」と呼んでいるもの)。
1週間に28時間以上継続的に半年以上勤務しているなど、一定の条件を満たした社員やアルバイト、パートを対象に、ストックオプション制度を導入しているのです。
ストックオプション制度をアルバイトやパートにまで適応しているというのは、日本では珍しいケースであるはず。
しかし、そこにスターバックスの考え方があるわけです。
仕事に対して意欲を持ち、組織目標に向かって励んでいるパートナーにとっては、このストックオプション制度によるモチベーションアップ効果は測り知れません。
それによって、企業価値が上がり、株価が上がったときにはみんなで成功を分かち合うことができるなど、目標を共有し互いに励ましあいながら達成に立ち向かっていこうという意識も高まり、組織の結束はよりいっそう強いものとなります。(171ページより)
なおスターバックスコーヒージャパンではこれまで、辞める社員には退職金を一括で支払っていましたが、それに代わる制度として導入されたのが「確定拠出年金(401K)」。
給与としてもらうことも自分で運用することもできる、幅広い選択肢が用意されているのです。
パートナーのさまざまなニーズに合わせた支給ができるため、福利厚生としてのメリットは大きくなるわけです。
たとえば同社では男性社員にくらべ、女性社員のほうが早い時期に成果を出すことが多いのだとか。しかし結婚・出産のため退職する時期が早くなる傾向も。
従来どおりであれば退職金の伸びのカーブは遅く、女性が在職中に出した成果に見合わないなどの不都合もあったそうですが、この制度によって問題を解消できるのだそうです。
また結婚・出産によって一時的に会社を離れても、また復職できるような制度を導入するなど、多様な雇用形態をつくり、女性も長く働ける環境の整備を検討してもいるのだといいます。(170ページより)
本書の基盤になっているのは、2003年9月に当時のスターバックスコーヒージャパン(株)のコーポレートHR部へのインタビュー。
さらには2003年から2004年の間に行った店舗へ取材したエピソードも含まれています。
最大の特徴は、著者が言うように、いまなお鮮度を失わない普遍的な内容であること。
だからこそ、人材育成や組織改革に取り組む方々に対し、多くのヒントを与えてくれる一冊だといえます。
Photo: 印南敦史
Source: 総合法令出版