“憧れの女性小説家”森瑤子の秘められた素顔を描く見事な評伝

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森瑤子の帽子

『森瑤子の帽子』

著者
島﨑今日子 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344034341
発売日
2019/02/27
価格
1,870円(税込)

“憧れの女性小説家”森瑤子の秘められた素顔を描く見事な評伝

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 1993年7月、小説家の森瑤子が亡くなった。享年52。ゴージャスでインターナショナルなアーバンライフをおくる女性として不動の人気を誇るこの作家の早すぎる死を惜しむ声は大きかった。

 本書は38歳でデビューし15年の作家生活を駆け抜けた森瑤子を丸裸にした評伝である。一人の平凡な妻であり母であった伊藤雅代という女性が、一編の小説によって人生を変え、作家・森瑤子に変貌していく様を、家族、友人、仕事仲間の証言を得て短編小説のように構築していく。

 幼いころからヴァイオリンを叩き込まれ東京藝大器楽科に入学したが、自分の才能のなさに気づき音楽の道からドロップアウトする。大失恋の後に出会ったハンサムなイギリス人アイヴァン・ブラッキンと結婚したのは24歳の時。夫にあわせて寝返りを打つような貞淑な妻であり、3人の娘の母となった雅代は、徐々に不満を溜めこんでいく。

 そして書き上げた『情事』が第2回すばる文学賞を受賞し文壇へデビューを果たした。

 当時大学生だった私は、この作品のことをよく覚えている。中ピ連のような派手なウーマンリブは下火になっていたが、女性が自由に生きるための模索が続いていた時代だった。

 冒頭の「グラマラスな小説家」で語られる山田詠美の森瑤子評が、小説好きな女性たちが憧れた“森瑤子”の最大公約数的な見方だろう。だが次第に書きすぎではないかというほど多作になり、山田には才能を浪費しているように映ったという。

 伊藤雅代から森瑤子に切り替えるための苦悩がこれだけあったことをこの評伝で初めて知った。

 終生一人の男が彼女の心に住み着いていたこと、家族を大事にしながら自分の欲望を抑えきれなかったこと、作家の自分を愛していたこと、誰もが愛すべき女性だったと語ること。本書には余すところなく描かれている。見事な評伝である。

新潮社 週刊新潮
2019年5月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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