アメコミヒーローの倫理学 トラヴィス・スミス著 PARCO出版

レビュー

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アメコミヒーローの倫理学 トラヴィス・スミス著 PARCO出版

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 二〇〇八年の「アイアンマン」から始まった「マーベル・シネマティック・ユニバース」。超能力を持ったミュータントたちの苦悩と戦いを描く「Xメン」シリーズ。バットマンやスーパーマン、ワンダーウーマンらの活躍を描く「DCエクステンデッド・ユニバース」。現状、アメコミのヒーローたちを主役とする大作映画は、この三つのシリーズが進行中だ。マーベル・シネマティック・ユニバースの最新作「アベンジャーズ/エンドゲーム」は我が国でも記録的な興行成績をあげている。

 私もこの三つのシリーズを楽しみに観(み)てきた。ただ、原作コミックはほとんど読んでいない。本書を手にしたとき、映画の方しか知らずに理解できるだろうかと不安だったのだけれど、大丈夫、まったく問題ありませんでした。

 全五章、ハルクとウルヴァリン、グリーン・ランタンとアイアンマン、バットマンとスパイダーマン、キャプテン・アメリカとミスター・ファンタスティック、ソーとスーパーマンを「対決」させ、それぞれにお題を与えて、著者は論考を進めてゆく。「人が内なる野獣性を抑えて人間性を維持してゆくには」「意志と想像力はどれほど信頼できるのか」「犯罪や汚職を防ぐためにはどのような制限を守らねばならないか」「理想を追求することは真に人を充足させるのか」「社会に秩序をもたらすには伝統を重視すべきなのか、現代的な進歩を信頼するべきなのか」。まさに倫理学的論考だけれど、スクリーンでお馴染(なじ)みのヒーローたちのお話だから小難しいところは全くない。脚注も親切だ。

 国産コミックのヒーローたちを集めても、きっとこのような本が成立すると思う。それを本書と読み比べてみれば、社会正義や国際平和、真の人間性や幸福についての普遍的な共通解と、些細(ささい)ではあるが相容(あいい)れない国民性による差異が浮かび上がってくるはずである。堀内進之介監訳、塚越健司訳。

 ◇Travis Smith=ハーバード大で博士号取得。カナダ・コンコルディア大准教授。専門は初期近代哲学。

読売新聞
2019年5月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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