ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史 宮崎正勝著

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ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史

『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』

著者
宮崎正勝 [著]
出版社
原書房
ISBN
9784562056460
発売日
2019/03/26
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史 宮崎正勝著

[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)

◆「ネットワークの民」に学ぶ

 本書は「ユダヤ商人」と「貨幣・金融」に焦点を当てながら、世界史を俯瞰(ふかん)する試みである。ユダヤ人がローマ帝国によって祖国を奪われ、散り散りになったことを「ディアスポラ」と呼んでいるが、後にそれがかえって「ネットワークの民」として広域に分散するユダヤ人の共同体を結びつけることになる。

 ユダヤ人は十世紀にはアッバース朝の帝都バグダードで「宮廷ユダヤ人」として活躍した。当時のイスラーム帝国は、イスラームの教義に敵意を持たず、食物や清浄についての規定がイスラーム教徒とあまり変わらないユダヤ人に寛容だったのだ。ユダヤ商人は、ムスリム商人と違い、外国人から利子をとることが宗教的にも認められていたので、イスラーム世界で学んだ手形の技術と信用経済のノウハウを駆使して、世界から商人が集まる地中海経済圏にも活動の幅を広げ、当時は経済的な後進地域だったヨーロッパへと進出していく。

 イベリア半島で展開された「レコンキスタ」(イスラーム教徒からの失地回復運動)を財政面で支えたのも宮廷ユダヤ人、ユダヤ商人だった。ところが、レコンキスタが完成すると「第二のディアスポラ」が起こり、改宗を拒否したユダヤ人はオスマン帝国や新興地域へと移住していく。

 オランダも新興経済地域の一つだったが、移住してきたユダヤ商人の活躍でその後、急速に発展していく。ナポレオン戦争のさなかに台頭したヨーロッパ最大の金融業者、ロスチャイルド家の活躍はそれだけで一冊の本になるほどだが、オランダ、イギリス、アメリカへと移ってきた経済大国の金融面をつねに牛耳っていくところはすごい。

 ただ、著者が指摘するように、現在イスラエルという民族国家に集約される「ナショナリズム」と、ネットワークの民としてのユダヤ人が築き上げた「グローバリズム」の間に微妙な溝が生じているのも事実である。そのような先行き不透明な時代であればこそ、数千年におよぶユダヤ商人の歴史から学ぶことは多いのではないだろうか。

(原書房・2700円)

1942年生まれ。著述業。著書『世界全史』『風が変えた世界史』など。

◆もう1冊 

渋井真帆著『ザ・ロスチャイルド』(ダイヤモンド社)。金融帝国のルーツは?

中日新聞 東京新聞
2019年5月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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