「リアル」で「イル」なエリートラッパーの自伝

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ダースレイダー自伝 NO拘束

『ダースレイダー自伝 NO拘束』

著者
ダースレイダー [著]/ライスプレス [編]/大森庸平 [イラスト]
出版社
ライスプレス
ISBN
9784909792044
発売日
2019/04/24
価格
1,760円(税込)

“リアル”で“イル”なエリートラッパーの自伝

[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)

 横井英樹の孫・Zeebraのように、日本のラッパーは家柄が良かったり高学歴だったりしがちだとよく言われていたが、その頂点にいるのがこのダースレイダーだと思う。父親は元朝日新聞論説副主幹で『ニュースステーション』にも出演していた和田俊で、母親は画家。父親がヨーロッパ勤務だった時代、パリに生まれてロンドンで育ち、日本で東大に進学している。

 そんなエリートがラップに目覚めたと思えば、両親を病気で失い、自身もクラブイベントの最中に脳梗塞で倒れ、合併症で左目を失明し、余命五年を宣告される。そんな経緯を書いたこの本の中で何が怖いって、クラブで倒れて嘔吐しまくっても、酔っ払いと間違えられて雑な扱いをされかねないこと! 普段から無茶な飲み方はしないタイプだと周囲に認識されていたから助かったものの、「これは危ないかもしれないです。俺のツレでも似たような症状で倒れたやついるんです。そいつは脳がやられちゃったんです。病院連れて行った方が良いと思います」とラッパー仲間が言い出さなかったら手遅れだったかもしれないのだ。

 そして、黒人文化から生まれた「ヒップホップにおいて自身の出自、いわゆる地元をフッド」と呼び、地元や仲間を誇る世界なんだが、「幼少期をパリ、ロンドンで過ごし、日本に戻ってからも地元の学校にいかなかった」彼にはフッドという意識がなかった。しかし、「病院は僕の『フッド』、患者さんたちは地元の仲間つまり『ホーミー』。そして『病人』を人種的な意味において僕が代表、つまり『レペゼン』する。実際、病人には良くも悪くも差別は付きまとう」ので、「リアルでイル(病気)なラッパー」として生まれ変わったわけなのである。

 大病して失明した左目を眼帯で隠すようになってから知名度も上がり、本を出せるまでになったので、これこそまさにイル・コミュニケーション!

新潮社 週刊新潮
2019年5月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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