『流言のメディア史』
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やや難易度は高いが必ず報われる読書になる「メディア史」
[レビュアー] 板谷敏彦(作家)
第二次世界大戦も終わる頃、タイムズなどの新聞は次々と発見されるナチスによるホロコースト、強制収容所の存在を報道したが、読者は「またか」と容易に信じなかった。なぜならば、先の第一次世界大戦時に報道されたドイツ軍の蛮行の多くが、戦時プロパガンダのための捏造記事だったことを憶えていたからである。新聞も嘘をつく。
本書は、メディアの流言にまつわる代表的な歴史事象を取り上げて、それぞれ視点を変えながら考察を加えていく。この考え方こそが本書の醍醐味である。
例えばよく知られたところでは米国における火星人来襲にまつわるデマそのものや、その後に残された記憶。関東大震災における「朝鮮人来襲」という状況定義と市民の行動、二・二六事件における報道管制とむしろその間隙をぬって拡散される流言などである。
一方で「キャッスル事件」など一般史の中では既に忘却されながら、メディア史的にはその後の歴史に広範な影響を与えたような事例も取り上げられており、歴史好きな読者の好奇心を掻き立てるだろう。
また朝日新聞による「慰安婦報道」問題も、ここでは「歴史のメディア化」、すなわち事実報道そのものよりも読者への効果を重視してきたジャーナリズムのあり方に焦点が合わせられている。
昨今は米国大統領が自らツイッターで思いつきを投稿する。そして、自分に都合が悪いニュースに対してはメディアをフェイクだと指弾する。誰もがソーシャルメディアを通じて情報を発信できる現代はフェイクニュースが溢れる「ポスト真実」の時代である。こうした時代に真実を見定めるのは容易ではない。そのためには流言の歴史に触れ、本書の中で駆使される「メディア史」的な情報へのアプローチが求められよう。本書はやや難易度の高い部類に入るが、必ず報われる読書となるはずである。