[本の森 恋愛・青春]『ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3』奥泉光/『続 横道世之介』吉田修一

レビュー

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ゆるキャラの恐怖

『ゆるキャラの恐怖』

著者
奥泉, 光, 1956-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163909967
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

横道世之介 続

『横道世之介 続』

著者
吉田, 修一, 1968-
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120051630
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3』奥泉光/『続 横道世之介』吉田修一

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 奥泉光『ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3』(文藝春秋)は、私が最も愛するキャラクター小説である。主人公の准教授が学内で起きる事件を、文芸部の女子学生たちと共に解決していくのだが、教養溢れる渋い中年や感性の鋭い文学少女などは登場しない。舞台となるたらちね国際大学は、関東でも一、二を争う低偏差値大学。主人公の桑潟幸一(クワコー)は、低収入のため野草やセミを常食しており、保身と節約にしか興味のない残念な中年だ。志は低く、専門である日本近代文学の研究に使う労力は零パーセント。順応力は高く、文芸部員たち(全員腐女子)に研究室を乗っ取られ、BL(ボーイズラブ)談義に巻き込まれても平然としている。そんなクワコーが、学園のマスコットキャラクター「たらちね地蔵くん」の着ぐるみに入りゆるキャラコンテストに出場することになり、事件に巻き込まれる。

 教育も研究もそっちのけで、権力闘争と学生確保に励む教員たちには嫌悪感を覚える……べきなのだが、絶妙な描写力でデフォルメされていて憎めない。空回りするクワコーを適当にあしらいつつ、逞しく謎を解く女子学生たちが痛快だ。圧巻は、金黒斑頭のヤンキー男子学生・モンジ。教育勅語を読まされ、長々と意見を述べるシーンが素晴らしい。爽快な発言内容と、世間のイメージする「頭悪そうな若者」が見事に体現された言葉選びがグッとくる。リズミカルな口調も愉快で、クセになりそうだ。笑いが止まらなくなっても困らない場所で、存分にお楽しみいただきたい。

 平成を代表する青春小説の主人公が帰ってきた。吉田修一『続 横道世之介』(中央公論新社)の発売を、多くの読者が喜んでいるだろう。前作では18歳だった世之介は大学を卒業している。バブル期の真っ只中というのに就職もせず、パチンコとバイトで食いつないでいるというダメぶりだ。行き当たりばったりな毎日だけれど、彼の周りには常に明るいムードが漂う。気分が凹むような出来事に見舞われても、その真っ直ぐな心根は変わらない。夢に向かって突き進む若者もいいけれど、こんな青春もあって良いと思う。人々の心に、小さな宝物を残して去る世之介が愛おしく、どこかで知り合った人のように懐かしい。いつかまた会える日が来るだろうか。

 井上荒野氏『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)には、心を貫かれた。父・井上光晴氏。父と恋愛関係にあった瀬戸内寂聴氏。二人の繋がりを独自の距離感で見つめてきた母。三者をモデルに、当事者たち以外の誰にも足を踏み入れることのできないはずの関係と、それぞれの生き方が描かれる。この尊く貴重なものに、小説を読むというかたちで触れることができたことは、かけがえのない経験である。著者がこの小説を書いてくれたことに、深く感謝する。

新潮社 小説新潮
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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