『野獣死すべし』
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若き熱気が充満する大藪春彦デビュー作
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】ヴィヴィアン・リーのもう一つの代表作といえば――梯久美子
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『欲望という名の電車』を日本で最初に上演したのは文学座である。実は私、若いころに文学座にいたことがある。
映画制作部という部署(私の記憶ではこの名称なのだが、なにしろ50年ほど前のことなので、これで合っているのかどうかは自信がない)が人を求めていて、応募したら採用された。初日は関係部署への挨拶まわり、2日目には杉村春子に挨拶、そして3日目に辞めた。大学を出てから7~8社、すべて3日で辞めていたころの話だ。働くとその時間、本が読めないという理由で辞めるのだから、迷惑な話である。
ただ、その3日間の縁があったので、文学座にはずっと一方的に親しみを感じている。後年、文学座の研究所にいたという経歴を知っただけで松田優作のファンになったのもそのためだ。松田優作といえば、1980年に公開された映画『野獣死すべし』が忘れがたい。原作とはかなり違っていたからだ。これが伊達邦彦なのかと驚いたことを思い出す。
原作を書いたのは、もちろん大藪春彦だ。『野獣死すべし』は大学在学中に大藪が書いた伝説のデビュー作で、そのデビューに江戸川乱歩が力を貸したというのは有名な話である。乱歩と大藪は、作家としての方向がまったく異なる。にもかかわらず、大藪をデビューさせるところに「編集者」乱歩の炯眼(けいがん)がある。
個人的には、『復讐の弾道』『絶望の挑戦者』『黒豹の鎮魂歌』と同系列の復讐物語であり、そのタイプの代表作といっていい『傭兵たちの挽歌』をもっとも愛しているが、デビュー作にはその作家のすべてがあると言われているように、『野獣死すべし』には大藪春彦の美点がぎっしりとつまっている。
これもまた復讐物語であり、後年の作品に比べれば、プロットは粗削りかもしれないが、若き大藪の熱気ともいうべきものが全編に充満していて、異様な迫力を生んでいる。