『帝国ホテル建築物語』
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帝国ホテルに捧げられた後生に残る「最高の技術」
[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)
「architecture(建築)」の語源は「最高の技術」を意味するギリシャ語だというのは俗説で、そんな語はない。あったのは「architect(建築家)」に当たる「arkhitekton(技術者の長)」という語だけだ。これは、古代ギリシャの国家的大事業の責任者の称号であり、たとえば疫病対策であれば、医者が任命された。
とはいえ、国を挙げての大事業の多くは建築を抜きに考えられない。かくして建築家がすなわちアーキテクトとなって現在に至る。「帝国」を冠するホテルもまた、たとえ民間企業であっても、その建設にあたっては国としての威信がかかっていた。
何度も建て替えられてきたが、なにより有名なのは「ライト館」だろう。愛知県の明治村に一部が移築されている。この移築だけでどれほど大変だったかを本書を通じてはじめて知ったが、しかしそのおかげで明治村の目玉ともなり、訪れる者たちが今も往時を偲ぶことができる。本書はまさに「技術者の長」たるフランク・ロイド・ライトの名で呼ばれるこの名建築をめぐる物語だ。
渋沢栄一と大倉喜八郎の作った帝国ホテルは、初の日本人支配人、林愛作により大きく発展を遂げた。彼をはじめとする関係者たちの努力と気配りが、帝国ホテルの名を海外に高からしめた。今の日本の「おもてなし」の原点はここにあったとさえ言える。この林がライトに新館建設を依頼するのだが、ライトのこだわりは多方面で軋轢を生む。林やライトの弟子の遠藤新がいなければ、到底ライト館は完成を見なかっただろう。さらには本書に描かれる名もなき石工たちに至るまでの熱い思いがなければ、この建物は関東大震災や第二次大戦を越えて残らなかったろう。彼ら全員が、持てる「最高の技術」を捧げた。その意味では、帝国ホテル・ライト館に関する限り、俗説の語源の方がふさわしいかもしれない。あらためて明治村を訪ねたくなった。