忌野清志郎が遺した「夢と現実」についての言葉

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忌野清志郎が遺した「夢と現実」についての言葉

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 ロックバンド、RCサクセションのフロントマンだった忌野清志郎が五十八歳で逝去して十年。『ロックで独立する方法』は、二〇〇〇年から二〇〇一年にかけて行われた彼へのインタビューをまとめたものだ。聴き手に指名されたコラムニストの山崎浩一が、清志郎が遺した「夢と現実」についての言葉を、モノローグ形式の文章に編んでいる。

「自分が決められること」をひとつずつ増やしていくプロセスそのものが「独立」であること。「わかってくれない世間」と対峙する方法はひとつしかないこと─確信と含羞の混じったメッセージは、何者かになりたいというやっかいな思いから既に解放されている年齢の人間の心をも動かす。表紙カバーや口絵の写真から、彼の面構えの魅力にあらためて気付く読者も多いのではないだろうか。

 穏やかで、かつ毅然とした語り口のリズムから思い出したのは、色川武大の名著『うらおもて人生録』(新潮文庫)だ。阿佐田哲也の名で『麻雀放浪記』を著した、博徒としても知られる作家による考え方指南の書。

 ギャンブラーならではの「勝つためのセオリー」が披露されているのかと思いきや、全編にわたって書かれているのは「どうやって人に許されて生きていくか」の方策だ。ページが進むにつれ、文章からにじみ出る情の深さに温かく包み込まれるような心地がしてくる。職場の中に居場所を作るためのアドバイスは、意外なほどに実用的だ。

『ロック…』の解説を担当している津村記久子の小説『この世にたやすい仕事はない』(新潮文庫)は、職を転々とする三十代女性の物語。モニター画面でひたすら人を見張ったり、おかきの袋の裏に印刷する豆知識を考えたり……微妙に風変わりな業務に従事する主人公は「仕事と健全な関係を築く」ために模索と思索を繰り返す。うっすら漂う不気味さとそこから生まれる笑い、そして労働の細部の描写が、現実を操縦していくことのしんどさと面白さの両方を伝える。まったくもってロックも仕事も、たやすくなんか、ない。

新潮社 週刊新潮
2019年6月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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