『ヒロシの自虐的幸福論』
書籍情報:openBD
成功と挫折。ネガティブ芸人ヒロシが人気ユーチューバーになるまでの話
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
世の中には僕みたいに、さえない人がたくさんいると思います。そんな人たちは、いつもまわりの顔色をうかがい、自分の意見も言えない毎日だと思います。
自分のネガティブな性格を恨んだりすることもあるでしょう。ネガティブに生きるのは、ポジティブに生きるよりつらいことも多いかもしれません。我慢するのは、いつもネガティブのほうです。
だけど、ネガティブがあるから、ポジティブが存在できるのです。ほんの少しでも、ネガティブが見直されることを願います。(「はじめに ーー根暗少年の夢」より)
『ヒロシの自虐的幸福論』(ヒロシ著、大和書房)の冒頭にはこう書かれています。
2016年12月に刊行された『ネガティブに生きる ヒロシの自虐的幸福論』を改題、再編集して文庫化したもの。
ユーチューブで話題に
執筆した3年前は事務所の経営を始めて間もないころだったため、将来の基盤をつくるのに無我夢中な時期だったのだとか。
社員の給料を獲得するために芸人として働きつつ、会社経営のためのノウハウや事務作業など慣れない仕事に必死に取り組んでいたというのです。
それだけでなく「ヒロシ存続」のため、ネットでラジオを始めたり、バンドをやってみたり、事務所を喫茶店にしたり、単独ライブを開催したりと、思いつくことはすべてチャレンジしてきたのだといいます。
ところがそのほとんどは、中途半端な結果に終わることに。
そんななかで花を咲かせたのが、ユーチューブです。「ヒロシちゃんねる」という趣味のキャンプ動画です。この動画が意外にも人気となり、キャンプにまつわるしごとがどんどん舞い込んでくるようになりました。(「文庫のためのあとがき)より)
その結果、現在は休みゼロ。テレビで活躍していた16年前と同等の忙しい生活を送っているのだそうです。
僕は、この本のタイトルどおり、自虐的な人間であり、それは3年前と変わっていません。ですが、変わったこともあります。 「いろんなチャンスの種を蒔き続けてきた」ということです。
「ネガティブな自分」を抱えながらも、動くことはやめませんでした。我ながら諦めずによくやってきたな、と褒めてやりたいです。(「文庫のためのあとがき」より)
いわばこれは、「自虐的な自分」の原点ということなのかも。きょうはそんな本書の第4章「がんばれないときもある」に注目してみたいと思います。
明日からも、がんばれない
「明日やろうはバカ野郎」とは、いまできることを後回しにすることで、どんどん成功からかけ離れていくということを戒めることば。
それはわかっているけれど、世間のダメ人間と同じで自分も「明日からがんばろう」人生なのだと著者は言います。おそらくこれからもこの人生が続くのだろうとも。
「明日からは朝8時に起きて部屋の掃除やって…」と、前夜に翌日やることを決めておいても、目が覚めて時計を見ると昼の12時過ぎ。
起きた時点でスケジュールが狂っているので、そこでまた「明日がんばろう」になるという無限ループになるということ。
高校を卒業して以来、ずっとそんな生活を続けているのだといいます。ただ、一度だけ、いまできることを後回しにせずに実行できた時期があったのだそうです。
「ヒロシです」で売れる前年の2002年の1年間だけは死ぬほどがんばりました。なぜあそこまでがんばれたのか自分でもわかりません。確かに32歳になっていて、切羽詰まっていましたが、普段の僕ならがんばれません。そのときばかりは売れることは何でもしました。
朝起きてネタ作り、オーディションに行きまくり、ライブが終わったら深夜バイト。あの1年は濃厚でした。おかげで一発屋とバカにされながらも、今もお笑いで食えているのだと思います。(97ページより)
そんな生活を続けるのは難しいけれど、だからこそ「やれば結果はついてくる」と思い続けられるということ。それでも翌日はまた、12時に目覚めるのだろうとも記しているのですが。(96ページより)
信用するから裏切られたと感じる
信用していた人から裏切られたと感じることは、誰にでもあるもの。裏切られることはショックですし、信用していた相手であればなおさら、精神的に参ってしまうこともあるはず。
それは著者も同じで、数々の裏切りを経験して来たのだそうです。
「ずっと一緒にいようね」と言っていた彼女が、数ヶ月後には他の男と浮気していたとか、友だちだからということで、「絶対返す!」ということばを信じてお金を貸したのに戻ってこなかったとか。
人は簡単に嘘をつく生き物です。また気持ちや考え方もずっと同じではありません。状況によってコロコロと変化するのです。 裏切られないようにする方法、それは信じないことです。信じなければ裏切られることはありません。
簡単に「親友になった」とか「めっちゃ仲良くなって」という人がいますが、どれだけの信頼関係があるというのでしょう。
考え方がすべて同じという人はいません。いろんな考え方があって社会が作られています。信用するから裏切られたと感じるのです。信用しなきゃいいのです。(101ページより)
なお、この文章には「人を信用しない僕は、いまだに独身でいるのですが」というオチがついています。(100ページより)
焚き火だって燃え方は違います
先に触れたように、著者はキャンプ好きとして有名。ただし、好んでいるのはソロキャンプ、すなわち「ひとりキャンプ」です。
キャンプの際、いちばん時間を費やすのは焚火だそうです。火を熾(おこ)し、じっと見つめているだけで飽きないというのです。
それを不思議だと思う一方、燃え方がいつも同じにはならないからこそ、いつまででもみていられるのではないかと推測してもいます。
火点きは悪いけれど長く燃える木、すぐに点きはするけれど一瞬で燃え尽きる木など、薪の種類もいろいろ。
細かいもの、太いもの、短いもの、長いものと大きさも異なり、薪の組み方もさまざま。だから当然、毎回同じ焚火になることはないわけです。
人間と同じなのです。まったく同じ人間はこの広い世界に2人としていません。人は人に対してこうあるべきだと決めつけることが多いのも、おかしな話です。
人が人に対してああだこうだ言うのは、そもそも間違いなんでしょう。人も燃え方が同じなわけがないのです。(105ページより)
たしかにそのとおり。とても説得力のある考え方だと言えるのではないでしょうか?(104ページより)
3年前の『ネガティブに生きる ヒロシの自虐的幸福論』に込めたのは、「ネガティブだって考え方によっては幸せになれるよ」というメッセージだったそうです。
そして時間の経過とともにその内容はぐっと真実味が増し、ようやく完成した気がしているのだといいます。
「ネガティブな自分」をなんとかしたいと考えている方は、本書に目を通してみてはいかがでしょう。「ネガティブでもかまわないんだな」ということを実感できるのではないかと思います。
Photo: 印南敦史
Source: 大和書房