堀田善衞 乱世を生きる…水溜真由美著 ナカニシヤ出版

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堀田善衞 乱世を生きる

『堀田善衞 乱世を生きる』

著者
水溜真由美 [著]
出版社
ナカニシヤ出版
ISBN
9784779513640
発売日
2019/03/28
価格
4,104円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

堀田善衞 乱世を生きる…水溜真由美著 ナカニシヤ出版

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

 戦後を代表する進歩的知識人といわれた堀田善衞。「乱世」を舞台とした評伝や、『インドで考えたこと』などの文明批評で知られるが、芥川賞受賞作『広場の孤独』など、歴史の中の個人を描いた小説家でもあった。本書は、小説や評伝を通して作家の全体像に迫る。

 第一に、あまり顧みられない初期小説群における主人公のスタンスを、「スパイ」(『時間』と南京事件)「転向」(『海鳴りの底から』と島原天草一揆)といった切り口で積極的に評価しているのが新鮮だ。『海鳴りの底から』で「ユダ」となる山田右衛門作(えもさく)のアイデンティティーは「信者であることよりも絵師であること」、それが歴史へのコミットなのだ。原点は戦前の「西行論」で、諦めるときにこそ美しく見えるという芥川・川端のニヒリズムへのアンチテーゼとして「自己の宿命に忠実に生きる詩人像」が提示されているとの指摘も貴重。これが右衛門作の立ち位置につながる。

 また小説技法でも、原爆文学『審判』ではドストエフスキーの影響下、多声的な「対話の哲学」が成立しているとして、再評価を迫る。よく考えれば、埴谷雄高『死霊』、武田泰淳『富士』、野間宏『青年の環』と、対話性は戦後派文学の常数でもあった。

 となれば、『方丈記私記』の鴨長明、『定家明月記私抄』の藤原定家、『ゴヤ』、『ミシェル 城館の人』等、歴史上の人物と現実へのコミットを主題とした後年の評伝も、「西行は世を捨てて却(かえ)つて歴史に生きた」という「西行論」の延長だったか。「アウトサイダー・インサイダー」「未決定」「矛盾」等の補助線も引き、堀田作品の本質に肉薄する。出家した長明による「ルポルタージュ」を論じた『方丈記私記』と、「紅旗征戎(こうきせいじゅう)吾事(わがこと)ニ非(あら)ズ」と記した宮廷歌人の定家に共感を込めた『定家明月記私抄』は「コインの両面」との指摘にも納得。両作品は対話している。原稿・メモ類も丹念に調べた優れた試み。

読売新聞
2019年5月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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