ピカソとの日々 フランソワーズ・ジロー&カールトン・レイク著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ピカソとの日々 フランソワーズ・ジロー&カールトン・レイク著

[レビュアー] 中村隆夫(美術評論家)

◆愛人がつづった天才の秘密

 二十一歳のフランソワーズ・ジローが、パリの小さなレストランで六十一歳のピカソと出会ったのは一九四三年。四六年から五三年までピカソの愛人として生活を共にした彼女は、画家でもあった。原著が出版されたのは一九六四年。ピカソとの生活の記憶が鮮明な頃である。このことからも本書が、ピカソの日常生活、性格、交友関係、人生哲学、芸術上の考えを知る上での第一級の価値を持つ資料であることが分かる。

 ピカソには多くの恋人がいた。フランソワーズは彼の女性関係について、「パブロには一種の青髭(あおひげ)コンプレックスがあり」、関わった女性たちすべての首を切るが、完全に切り落とすことはせず、彼女たちがその後の自分の生活を覗(のぞ)き見て悲劇的な場面を演じるのを見ようとする。それがエネルギー源になったのだと回想する。こういうピカソは残忍なまでのエゴイストだ。

 彼女が祖母と離れてピカソと生活する決心がつかないでいる時、ピカソは「覚悟を決めたら、それにともなう罪悪感を受け入れ、そのことについてはできるかぎり謙虚であろうとしなければいけない。状況によっては、人は天使でいられない」と言う。非情ではあるが、確かに腹の据わった人物である。

 頭蓋骨と葱(ねぎ)をモチーフにした作品について、ピカソは興味深いことを述べている。葱は頭蓋骨とセットの大腿骨(だいたいこつ)の代わりであり、造形上の類似性があるが、象徴は露骨すぎてはいけない。「絵画とは詩だ。散文ではなく、つねに造形上の韻を踏むべきだ」と言う。ピカソの静物画の秘密の一端が垣間見えてくる。

 本書からはピカソが迷信深かったこと、マティス、ブラック、ジャコメッティらとの交友関係、ブルトンらシュルレアリストたちとの距離など様々なことが浮かび上がってくる。価値ある資料であり、一気に読み進んでしまう面白さがあるとはいえ、すべては彼女の目を通じて語られている。一次資料をどのように活用するかは、ひとえに私たちの知性と批評精神に負っていることを忘れてはならない。

(野中邦子訳、白水社・6480円)

<ジロー> 1921年生まれの画家。

<レイク> 米国の作家。1915~2006年。

◆もう1冊

ピエール・カバンヌ著『ピカソの世紀』正・続(西村書店)。中村隆夫訳。

中日新聞 東京新聞
2019年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク