時代、世代、環境は様々。編著者のセンスが光る「食」をめぐるアンソロジー
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
落語に「顎(あご)が干上(ひあ)がる」という表現があります。一方に「オマンマの食い上げ」との表現もあり、いずれも「そんなことしてたら食えなくなっちまう」と言ってるわけです。
人間、食わねば生きていけません。食うために仕事をし、食うためだったら何でもやると言っても過言ではないでしょう。必ずしも豪華なものに限りませんが、人それぞれに「忘れない味」はあり、本書の27篇にはそれが収められています。
故人の文章があり、時代は戦前、戦中、戦後から平成に跨がります。舞台も国内のみならず外国もありで、表現方法も随筆、小説、詩、俳句、コミックと多彩で、編著者のセンスが光っています。
年齢や生まれ育った環境によって受ける印象は異なるでしょうが、私は野呂邦暢、深沢七郎、中島京子、吉村昭、美濃部美津子、川上弘美、山田太一といった人の文章に魅かれました。
美濃部美津子氏は、大河ドラマ『いだてん』の語り部・古今亭志ん生の長女にしてマネージャー、題は「菊正をこよなく愛した」です。志ん生の酒好きは広く知られ、倒れてからの晩年は家族が酒を薄めて出した“水っぽい酒”で有名なのですが、あらためて読み、末期の酒が薄められてなかったことを知り、何だかホッとしています。
吉村昭氏の「白い御飯」は変哲もない題ですが、度重なる空襲から命だけは永らえたものの、終戦時の町は廃墟、何より食い物がないとなれば、切実に迫ってきます。
終戦の年の暮れ近く、18歳の著者は何人かと連れ立ち、秋田へ米の買い出しに出ます。凄まじい混雑の買い出し列車に乗り、何とか辿り着くのですが、秋田の宿屋でその白い御飯は出たのです。著者は「このようなものを口にできる地が日本にあったのか」と感嘆し、「味噌汁、漬物も気の遠くなるようなうまさであった」と綴ります。生きて白い御飯が食べられる幸せを思いますね。