【文庫双六】『クマのプーさん』の作者が書いた“牧歌的”ミステリ――川本三郎

レビュー

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赤い館の秘密【新訳版】

『赤い館の秘密【新訳版】』

著者
A・A・ミルン [著]/山田 順子 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488116026
発売日
2019/03/20
価格
1,015円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『クマのプーさん』の作者が書いた“牧歌的”ミステリ

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

【前回の文庫双六】乱歩の言語感覚が脈打つ“タイトル”――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/568756

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『野獣死すべし』の作者ニコラス・ブレイクは、実はイギリスの詩人セシル・デイ=ルイスの筆名。最高の称号「桂冠(けいかん)詩人」を持つ人がミステリを書いた。

 この人は本名で『オタバリの少年探偵たち』という愉快な児童小説も書いている。多才だ。映画ファンには三度アカデミー主演男優賞を受賞しているダニエル・デイ=ルイスの父親として知られている。

 ミステリの専門作家ではない文学者がミステリを書く。その例として、もうひとつ、A・A・ミルンの『赤い館の秘密』がある。

『クマのプーさん』の作者として知られるミルンがミステリ好きの父親のために書いた。ミステリ好きの多いイギリスらしい。

 一九二二年の作。第一次世界大戦と第二次とのあいだのいわゆる戦間期、平和な時代の作品だけに全体におっとりとしている。

 イギリスの田園地帯にある「赤い館」で殺人事件が起る。偶然、館を訪れた素人探偵が、それを解決する。

 イギリスのミステリに多い「館もの」。あまりに牧歌的なのでチャンドラーが批判した。日本では早くに江戸川乱歩が評価、紹介して古典となった。

 探偵役の飄々とした高等遊民の青年、アントニー・ギリンガムが魅力的。

 翻訳家でミステリ評論家の宮脇孝雄氏によれば、横溝正史が創り出した探偵、金田一耕助はこの青年に影響を受けたという。

 ミルンは第一次大戦に従軍した。戦争から戻って静かな田園暮しをしようとサセックスの農場を借りた。

 ここでミルンは息子のクリストファーとぬいぐるみのクマをモデルにして『クマのプーさん』を書いた。

 自然豊かな田園のなかからミステリと児童文学の古典が生まれた。

 ミルンが住んだコッチフォードという村の家は、ミルンの死後、人手に渡った。

 この家を買い受けたのがローリング・ストーンズのメンバー、ブライアン・ジョーンズ。六九年、ここで謎の死を遂げた。

新潮社 週刊新潮
2019年6月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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