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『カササギ殺人事件』の作者が描く“007”
[レビュアー] 若林踏(書評家)
古典探偵小説への限りないオマージュを捧げた謎解きミステリ『カササギ殺人事件』で話題をさらったアンソニー・ホロヴィッツ。そのホロヴィッツがスパイ小説史上もっとも華麗なるヒーロー、ジェームズ・ボンドを蘇らせたのが『007 逆襲のトリガー』だ。
英国秘密情報部のジェームズ・ボンド中佐は、上司のMから新たな指令を与えられた。ドイツで開催されるカーレースで、ソ連政府の秘密組織“スメルシュ”が英国のレーサーに対して妨害工作を企てているらしい。ボンドの役目はレースに参加し、“スメルシュ”から英国人レーサーを守ることだった。
原作者イアン・フレミングが遺したプロットを基に書かれた本作は、ボンドがレーシング・カーを駆る白熱のサーキット戦を皮切りに小気味よいアクションの連続で、宇宙規模の大陰謀に立ち向かうクライマックスへまっしぐら。
映画ファンが喜ぶこうした派手な展開を盛り込む一方、原作のボンドが持つ非情でシビアなヒーロー像を守り通している点も見逃せない。常に生と死の境界で戦い続ける人間だけが知る哲学が、本書のラスト数行に込められている。
ミステリでもボンドのように原作者亡き後も、別の作家によってカムバックしたヒーローの例は尽きない。『プードル・スプリングス物語』(菊池光訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)はレイモンド・チャンドラー未完の遺作を、ロバート・B・パーカーが書き継いだもの。私立探偵の代名詞フィリップ・マーロウを、永遠のタフガイとして溢れんばかりの敬愛を込めて描いた作品だ。
他に注目を浴びたものとして、ドン・ウィンズロウ『サトリ』(上・下巻、黒原敏行訳、ハヤカワ文庫NV)を挙げておく。故トレヴェニアンによる冒険小説の金字塔『シブミ』の前日譚として書かれた本書では、〈シブミ〉の精神を体得した殺し屋ニコライ・ヘルの若き日が描かれる。トレヴェニアンの生み出した神秘的な主人公像を受け継ぎながら、同作以上に力強い活劇描写が華を添える。