「売れたやつは一人一人潰さないとね」(笑) 警察小説の重鎮が新人を困らせた!? 褒め殺し対談

対談・鼎談

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童の神

『童の神』

著者
今村翔吾 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413299
発売日
2018/09/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

炎天夢 東京湾臨海署安積班

『炎天夢 東京湾臨海署安積班』

著者
今野敏 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413374
発売日
2019/06/12
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

今野敏×今村翔吾・特別対談 “怖さ”と“不安”は作家の宿命 選考委員VS受賞者

[文] 角川春樹事務所


今野敏(右)、今村翔吾(左)

大学在学中に作家デビューして、昨年、作家生活40周年を迎えた今野敏。デビューの後、第10回角川春樹小説賞を受賞した『童の神』で、第160回直木賞候補ともなった今村翔吾。角川春樹小説賞の選考委員とその受賞者という立場を超えて、出版不況の中を作家として生き残っていく方策、また創作の手法について語り合っていただいた。

 ***

新人賞で出てきて欲しい新人作家とは?


今野敏

――今村さんは『童の神』で第10回角川春樹小説賞を受賞され、第160回直木賞候補にもなりました。今野さんは角川春樹小説賞の選考委員のおひとりです。改めてこの賞について伺います。

今野敏(以下、今野) まず、自分の名前を冠した小説賞をまだ生きているのに作っちゃうのがすごいですよね(笑)。その角川春樹社長と北方謙三さんと俺が選考委員なんだけど、この三人、好みがばらばら。意見が分かれると思うでしょ? いやいや、全員一致することが多い。『童の神』も満場一致。だから、今村さんには期待しているんです。

今村翔吾(以下、今村) その言葉を聞いて、ますます生き残らなあかんなという思いが強まりました。僕だけじゃなく、これまでの受賞者は皆そう思っているでしょう。受賞は何百という作品を乗り越えてのことだと思うので、それを書いた人たちに、こいつに負けたんやったらしょうがないと思われるような作家にならな。その責任があると思います。

今野 でも、しんどいよね。今は本が売れないと言われているし、条件は厳しいかもしれない。だからこそ頑張ってもらわないと。小説賞というのは、だいたい十回が終わった時点で何人の売れっ子が出ているかで見ていい。春樹賞を盛り上げるためには今村だと思うわけですよ。

今村 うおっ、プレッシャー……。

今野 それくらい『童の神』は圧倒的でした。有名な酒呑童子や坂田金時といったオールスターを臆面もなく並べて書いちゃう度胸。大したもんだよね。それに、死に際もいい。俺ね、登場人物が死んじゃう物語って好きじゃないんだけど。

今村 僕もあまり好きではないですね。書いているとつらくなります。

今野 なるべく殺したくないよね。っていいながらミステリー書いてるんだけど(笑)。必ず死体が出てくるけど、あれ、“死体役”なんですよ。

今村 わかります。発端の登場だけだと人格もないというか。

今野 そう。この年になると友人や知人の死に向き合うことがある。だけど、現実にあるからといって、小説の中でも死ななくてはいけないということではないと思う。小説って、作家が理想とするパラレルワールドなんだよね。そんな俺も新人のときは現実に引っ張られていたから、坂田金時なんて書けなかったはず。だから、すごいなぁと。しかも違和感なく我々の金時になってくれている。筆力だと思います。

今村 とてもありがたい言葉ですが……、この後どう落とされるんでしょうか。

今野 そのままよ、褒め殺し(笑)。売れたやつは一人一人潰さないとね。いい気にさせて、油断させていかないと。

今村 怖っ!(笑)。

今野 でも、これほど興奮したのは本当に久しぶりでした。最近は他の賞も含めやたらと傾向と対策が取られていて、選考委員をしていてもつまらない。もっと無茶苦茶なものが出てきてほしいと思っています。

今村 そういう意味では、僕は素人だったと思います。誰に習うわけでもなく、ただがむしゃらに書いていただけでした。

今野 それでいいんじゃないかな。俺も習ったことないよ。

今村 試行錯誤しながら書き続け、そこで得たこと、感じたことが血肉になっているのかなと思います。簡単に答えを与えてもらったらだめなこともあるんかと。あと、僕は滋賀に住んでいるんですが、書くということを考えた場合には適度な孤独も大切かもしれへんなと感じています。

今野 群れてるようじゃ、作家としては生きていけないですよ。もし誰かに会いたいのなら、先輩に会いに行くといい。我々はそうでした。

今村 僕、今野先生のサイン会に行きました。実はそこで学んだことがありまして。

今野 おっ?

今村 迷うこともあると思うけど、とにかく書いて物語を進めることが大切と。枝葉なんて後でいくらでも直せるからとおっしゃっていたと思います。だから実際に詰まりかけたときは、話を進めることに集中するようにしています。

今野 作家のタイプにもよるけど、今村君はそっちのほうがいいと思う。まずは頭の中にあるイメージを捕まえることが大切だから。ゲラであんまり直さないでしょ?

今村 物語は直さないかもしれないですね。でも、描写の言葉とかは直しますよ。

今野 描写か。警察小説ではしないんだよなぁ。

今村 確かに。『炎天夢』を読ませていただきましたが、少なかったかもしれないですね。でも、女性のネイルについて書かれていたり、LINEも知ってはって、情報のアップデートをきちんとされている。今野先生、若いなぁと思いました(笑)。

構成:石井美由貴

角川春樹事務所 ランティエ
2019年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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