暴君…牧久著

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暴君

『暴君』

著者
牧 久 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093886659
発売日
2019/04/23
価格
2,200円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

暴君…牧久著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 「冬服に変え退院豚カツうまし」。JR東日本労働組合の初代委員長だった松崎明は少年時代から俳句を作っていた。その最後の一句である。病院から自宅に戻ったときの作品であるが、そこでトンカツを食べる気力と、ほのかに漂うユーモアに驚かされる。

 松崎は国鉄時代には「鬼の動労」と呼ばれた戦闘的な労働組合を率いたが、裏面では謀略や他党派に対する襲撃を繰り返した新左翼、革マル派の第二位の指導者だった。JRの発足後は革マル派と絶縁したふりをしながら、会社を巧妙に支配し、莫大(ばくだい)な資金を手中に収める。その手法がまさしくこの党派の戦略に即していたことを、牧久は丹念な取材で明らかにする。

 素顔を隠しつつ著書では「鬼」と自称しておどけてみせ、国内外の文化人と親交をもった。権力を失ったきっかけは、組合資金の私的流用という単純なスキャンダルである。戦略を冷徹に実行するだけではなく、豪快な人柄を見せることで組織を支配する。その二重性が力の源泉となったと同時に、組織の崩壊をも導いた。そのなりゆきが克明に描かれている。(小学館、2000円)

読売新聞
2019年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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