[本の森 SF・ファンタジー]『飢え渇く神の地』鴇澤亜妃子/『この橋をわたって』新井素子

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飢え渇く神の地

『飢え渇く神の地』

著者
鴇澤, 亜妃子
出版社
東京創元社
ISBN
9784488551056
価格
1,210円(税込)

書籍情報:openBD

この橋をわたって

『この橋をわたって』

著者
新井, 素子, 1960-
出版社
新潮社
ISBN
9784103858041
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『飢え渇く神の地』鴇澤亜妃子/『この橋をわたって』新井素子

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

『飢え渇く神の地』(東京創元社)は、『宝石鳥』で第二回創元ファンタジイ新人賞を受賞してデビューした鴇澤亜妃子の二作目の長編。〈願い石〉と呼ばれる不思議な石をめぐる物語だ。

 主人公のカダムは考古学者の父を盗掘団に殺された。孤児になったカダムは父の親友のブランシュ教授の家に引き取られるが、新しい家族も西の砂漠で姿を消してしまう。十年後、遺跡の地図作りを生業とするようになったカダムは、ブランシュ一家の行方を探し続けているが、なかなか手がかりはつかめない。おまけにあてにしていた金が入らず、もう諦めようかと思っていたときに、レオンという宝石商に道案内を依頼される。繊細でひたむきな地図屋と胡散臭い美貌の宝石商。対照的なふたりは砂漠の奥深くにある宝石の町を目指す。

 ブランシュ教授の手帳に記された飢え渇く神と豊穣の女神の神話、あらゆる願いを叶える石、偉大な呪術士であり世界を救ったという伝説の王を崇める教団、失った家族に似た少女……。複雑に絡まりあった糸が解けたとき、驚くべき秘密があらわになる。どこかに実在しそうな砂漠の遺跡、神話や宗教を描いた細部に引き込まれた。

 登場人物が初めて願い石を見る場面も魅惑的だ。〈石のなかに海がある〉〈波の色は、南の温かい海のようなブルーグリーン〉〈水平線のあたりには、白い雲が湧き上がっている。その雲の下の方に、うっすらと浮かぶ影は、島か大陸の一部だろうか。一艘の帆船らしいものが、舳先をその影の方へ向けている。この船はこれから冒険の旅に出るのか、それとも長い航海を終えて戻ってきたところなのか――〉〈石の断面に現れたそれらの光景は、まるで精緻な風景画のように見えた〉。デビュー作といい、本書といい、著者は石の美しさを愛する人なのだろう。次回作も楽しみだ。

 新井素子『この橋をわたって』(新潮社)の最初に収められている「橋を、架ける」も、石が印象的な形で出てくる。舞台は巨大な河の岸にある村。向こう岸にも人が住んでいるらしいが、相手のところまで泳いで渡ることはできない。ある男が河に大きな石を投げてみたことがきっかけで、村に奇妙な風習が生まれる。未知の世界に対する憧れと橋が果たす役割をあたたかくユーモラスな筆致で描いた一編。

 家出した猫にはぐれ者のカラスが優しいいたずらを仕掛ける「黒猫ナイトの冒険」、自律学習型AIを搭載したロボットに小説家の部屋を片付けてもらったらどうなるかを思考実験したショートショート「お片づけロボット」など全部で八つの話が入っている。作家生活四十周年を迎えた著者が、独自の語り口を活かしつつも、新たな書き方に挑戦した作品集だ。意欲的でありながら肩の力をぬいて楽しめる。

新潮社 小説新潮
2019年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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