『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』
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国際社会における皇室の存在感 ――西川恵『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書) 松浦晃一郎
[レビュアー] 松浦晃一郎(元駐在仏大使、ユネスコ元事務局長)
皇室は、最強の外交資産だ。「私は通常、外国の大使には会わないが日本は例外である。日本の皇室を尊敬しているからだ」(サウジアラビアの王族)。
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本のタイトル(『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』)を見て、よくある日本礼賛本と思われる方もいるかもしれない。しかし本書は、戦後の日本が国際社会で存在感を高める中で、皇室の国際的活動がいかに大きな貢献をしてきたかを見事にまとめた、他に例を見ない力作である。
皇室を外交資産たらしめているものは何か。筆者はそれを「長い歴史と伝統の蓄積」と「それに立脚した先の天皇皇后両陛下を中心とした皇族の人間力」としている。
長年、サウジアラビアの駐米大使を務めたバンダル・ビン・スルタン王子は帰国後、国家安全保障会議の事務局長という重職についた。面会が極めて難しいことで知られたが、当時の中村滋(しげる)駐サウジ大使は2度私邸で会い、イランとの水面下の交渉などの重要情報を得た。その際、事務局長は「通常、外国の大使には会わないが日本は例外である。なぜなら日本の皇室を尊敬しているからだ」と述べたという。
皇室は戦後日本の統合の象徴として日本国民から支持を得ていると国際社会でみなされている。その存在感の大きさは、実際に外交の場にいれば理解できる。そして、皇室の国際的活動は、個別の外交課題を一つずつ具体的に解決していくものではないが、そのための空気を醸成する役割を果たす。
昨年7月から今年2月までフランスで開かれた日本文化を伝えるイベント「ジャポニスム2018」は、総動員数300万人を超える大成功を収め、アンケートでは96%の人が「日本により親近感を感じるようになった」と答えた。
しかし、両国の交流は、突然深まったわけではない。大きな契機となったのは、1994年の先の天皇皇后両陛下のフランスご訪問であった。日本からの初めての国賓だったということもあり、シャンゼリゼ通りには両国の国旗が掲げられ、大ニュースとして新聞、テレビで連日報じられた(海外から見ると日本の国家元首は天皇なので、総理大臣が訪問しても国賓扱いにならず、両国国旗掲揚もない)。私は当時駐フランス大使として両陛下をお迎えした。そもそもフランス人は日本の文化、経済を高く評価しているが、この時の歓迎ぶりは、皇室への敬意と高い好感を表したものでもあった。
その後97年には、紀宮さまが国賓並みの待遇で招かれた。これは3年前の両陛下のご訪問の成功を受けてのもの。そして、それが「ジャポニスム2018」の成功へとつながっている。皇室の国際的活動はすぐに結果が出るものではないけれども、国際交流に広く深い影響を及ぼすと考えるべきなのである。
サウジアラビア王子の心遣い
皇室が「なぜ世界で尊敬されるのか」、さらに知るためには実際に本書を読んでもらうしかないが、本書のもう一つの魅力は、皇室の国際的活動に関する知られざるエピソードを、いくつも掘り起こしていることだ。
1953年のエリザベス女王の戴冠式には当時の明仁皇太子が出席した。第2次大戦終結後まもなくということもあり、日本に向ける英国社会のまなざしは厳しく、式で用意されたのは末席だった。ところが、それを見かねて最前列の自分の席の近くに呼び寄せたのが、後にサウジの国王となるファイサル王子だった。その18年後の71年、ファイサル国王は国賓として日本に招かれるが、これは戴冠式での恩義にも関係していると筆者はみる。
1921年に当時皇太子だった昭和天皇が、パリでスペイン国王アルフォンソ13世と昼食会を持っていたという話も初耳だった。80年に来日したフアン・カルロス1世に、昭和天皇が「私はあなたのおじいさんにごちそうになったことがあります」と囁いた言葉をきっかけに、吉川元偉(もとひで)スペイン大使の執念で、詳細が明らかになる。これはスペインの公的な対外政策史の中でも引用され、両国関係の緊密化に寄与した。
新天皇についてのエピソードでは、雅子皇后とのご成婚にも尽力した山下和夫東宮侍従長が登場する。山下氏はモロッコ大使を経験した経歴を生かし、1991年に徳仁皇太子のモロッコ訪問を実現させる。ご成婚後、最初の外国訪問もアラブ諸国だったが、新天皇とアラブ諸国との縁は、皇太子時代のモロッコ訪問から始まったと言ってもよい。
本書には多くの外交官が登場する。ほとんど私が存じ上げている人たちだが、深い取材により、外交官が皇室の国際的な活動をしっかりと支えていることが書かれてある。外務省のOBとしては誇らしい限りだ。
こうした皇室の活動を知ってもらうためにも、一人でも多くの方に本書を読んでもらいたい。そして、その皇室の活動がどうすれば今後も変わらず続けられるのか、多くの国民に考えてもらう機会になればと思う。
※国際社会における皇室の存在感 ――松浦晃一郎 「波」2019年6月号より